「焼き芋が食べたいな」
頭上から降ってきた暢気な声に、園佳はぴくりと竹箒を持つ手を止めた。
ちら、と声がした方を見やれば、それを待っていたかのように、七本の尻尾をふんわりと揺らしながら、彩葉が鳥居の上から舞い降りてきた。
そうして園佳の前に立つと、年齢を感じさせない幼い笑みを浮かべて彼は、先ほどと同じ言葉を繰り返す。
尻尾と同じ淡いピンク色をした耳を頭上でひくひくと動かし、期待を込めた眼差しで見つめてくるその顔は人と同じつくりをしているが、神狐である彼の顔は並大抵の人間は太刀打ちできないほどに整っている。
この顔に騙される人間はさぞ多いだろうと園佳は思うが、生憎この可愛らしい姿は園佳以外の人間には見えないらしい。
園佳は止めていた手を再度動かし、彩葉を無視した。
山の中に位置するこの稲荷神社は園佳の実家だ。
地元では紅葉の名所としても有名で、その分冬を前にすると大量の落ち葉が降り積もる。
掃いても掃いても明日には同じだけの落ち葉が降り積もるのだが、参拝者を迎え入れる玄関口はなるべく綺麗にしておきたい。
園佳が無視を決め込んだことに、彩葉は頬を膨らませた。
「ねえお願い、ソノ!」
「生憎俺は仕事中。お気楽な神狐様のお願いを聞く余裕なんてないね」
竹箒で落ち葉を掃きながら、素っ気なく応える。するとますます彩葉は頬を膨らませた。
これはこれで面倒臭いので、仕方なく園佳はため息を落とし、適当に会話をすることにする。
「だいたいお前、焼き芋の作りかた知ってる?」
「おじいちゃんたちとやったことあるもん。
それにソノもやったことあるでしょ。さっき小ちいちゃな子たちが焼き芋持ってたよ」
彩葉が言っているのは麓の小学生たちのことだ。毎年この時期になると、学校の畑で育てたさつまいもを収穫し、校庭で焼き芋を作るのだ。その場で食べきれなかったぶんをいくつか持って帰り、下校中に食べ歩きするのも醍醐味となっている。
園佳も幼い頃、熱々の焼き芋を口に含みながら歩いた。
「やったことはあっても、作りかたは知らないね」
ただとても手間がかかり、面倒が多いことは知っている。
落ち葉はそのままでは水分を含んでいて火がつかないので、広げて乾燥しなければいけないこと。
火をつかう上に煙も出るので、場所を選ぶこと。
そもそも園佳が今掃き出した落ち葉の量ではとても足りないぐらいの落ち葉が必要なことなどだ。
実際に焼き芋を作るとなれば、他にも細かい問題点はいくつもあるだろう。
それにああいうのは、一人でやるもんじゃないよな。と園佳はまたため息をついた。
彩葉の姿は園佳以外の人間には見えない。場所を見つけて乾燥した落ち葉を用意して焼き芋を作る一連の行動を、傍から見れば園佳が一人でやることになる。
何が悲しくてたった一人で焼き芋を作って食べなければいけないのだ。
場所の問題もある。園佳が知る限り、近隣に煙の迷惑がかからず、自由に火器が使えるのは隣村のキャンプ場ぐらいだ。そんなところに一人で行くのは気が引ける。
そもそも園佳は車の免許を持っていないので、まずキャンプ場にたどり着くことができない。
園佳が彩葉を腹立たしく思うのはこういう時だ。
現実として立ちはだかる問題を、彩葉は想定していない。全部園佳がどうにかすると思って簡単に我が儘を言う。
そして園佳は結局彩葉の我が儘を叶えるために奔走してしまうのだ。彩葉にはなぜかそうさせてしまう不思議な力がある。それは彩葉が神狐だからと言うだけでは説明のつかないものだった。
今回もそうだ。キャンプ場が駄目ならそこで諦めればいいのに、園佳はどうにか別の場所で焼き芋ができないかと思案している。
落ち葉はある。今足元にある物を何日か分集めればいい。
ただ、集めた落ち葉を持ち運ぶのが手間だな、と思った。ならば家の敷地内でするしかないのではと思い至る。
幸いここは隣近所に家は無いし、社務所は日没には閉めてしまうので参拝者も居なくなる。
境内で焼き芋を焼くことについても、そもそもやりたがっているのがこの神社で祀っている神狐様なのだから問題にならない。
一番の問題は家族をどう説得するかだが、日々の息抜きにやってみないかと言えばなんとか通るような気もしてきた。
少し前なら訝しがられたかもしれないが、最近の園佳は彩葉の我が儘を叶えるために突飛な行動に出ることが良くあったので、焼き芋ぐらいなら笑って許してくれるだろう。
結局、俺はまたこいつのお願いを叶えるんだな。
あれこれと思案し考えをまとめるとき、園佳は表情に出さない。だから普通の人間は、さっきまで否定的だったのに急に肯定的になる園佳に驚く。
けれど彩葉はいつもにこにこと笑って、園佳が自分のお願いを叶えてくれるのを待っている。
それが園佳にはもう一つ腹立たしくもあり、同時に少しだけ彩葉が愛おしくなる。
「わかった。けどいろいろ手間があるから、今日は無理。もうちょっとしてからな」
そうして彩葉のお願いに降参しながら言うと、彩葉はぱあっと顔を輝かせ、園佳に向かって飛びついてきた。七本の尻尾が犬のように揺れている。
「ありがとう! ソノだいすき!」
「あーはいはいわかったわかった!」
他人の目には見えない神狐を己の体から引き剥がしながら、どうしたって彩葉には敵わない己を、園佳は傍観した。
