「かぼちゃみたいなものだったのかも」
娘を挟んで向かい側に寝そべっていたオドレイが突然言ったので、エッカルトは思わず、娘を寝かしつけるために規則的に動かしていた手の動きを止めた。幸い娘はよく眠っており、一定の間隔で刻まれていたリズムが突然止んでも目覚めなかった。
「……唐突にどうした」
暗がりの中でオドレイの顔を見るも、少し俯いた彼女の顔は窺えない。
ただ、先程の言葉はエッカルトに聞いて欲しくて発したというより、思ったことがそのまま口から滑り落ちたのだということは、彼女の様子から窺い知ることができた。
何となしに気まずい空気が流れはじめるのを、エッカルトは「気になるじゃねえかよ」と言うことで打ち消した。
オドレイは少し迷って「大したことじゃないんだよ」と言った。
「かぼちゃって、そのまま包丁で切ろうとすると、硬くてとても切れないけれど、切りやすい包丁を使ったり、熱を加えると簡単に切れるでしょう? そういうことは、ほかのことでも一緒だなって思ったの。
やりかたを工夫すれば、なんとかなったんじゃないかなって」
そこまで一気に言ってオドレイは、続きを言うのを少し躊躇った。彼女の心を騒つかせることが関係してくるからだろうと思って、エッカルトは静かに待った。
何も言わないエッカルトにオドレイはひとつ頷いて、やっと続きを話し出す。
「……父様のことをね、考えていたの」
やっぱりか。と思って、こっそりとエッカルトは眉間に皺を寄せた。
「わたしは、父様から叱られるのがこわくて、父様の望むとおりに生きてきた。
正しいとか正しくないとか、自分で考えるんじゃなくて、父様がわたしにとっての絶対だった。
父様は、とても大きくて硬いかぼちゃだったんだ」
エッカルトは暗がりの中でオドレイの白い腕を見た。衣服とブランケットに包まれて直接目にすることは叶わなかったが、彼女の全身に無数に刻まれた無惨な傷跡を思い起こすことは容易にできた。
躾という名の体罰を与え続けた彼女の父親に、エッカルトは会ったことがない。会ったことはなくとも、恨まずにはいられない。
そんなエッカルトの心情を知ってか知らずか、オドレイはなおも言葉を続ける。彼女がこんなに喋るのは少し珍しかった。
「かぼちゃって、皮はとても硬いし、一見食べにくそうだけど、中身は離乳食にもなるぐらい、食べやすいでしょう?
わたしがもっと真剣に父様と向き合っていれば、表面の硬さに怯んで諦めて逃げたりしなければ、違った父様の一面があったかもしれない。
もしそうだったら、この子がおじいちゃんと楽しく過ごす日常もあったのかもしれないなって、離乳食のかぼちゃを見ながら思ったの」
眠る我が子の表情に目を細め、オドレイはその体を優しく撫でた。
母親としての娘への愛情と、娘としての父親への後悔がないまぜになった複雑な表情をしている。
それが見ていられなくて、エッカルトは娘を撫でるオドレイの手を取って強く握りしめた。そうしてオドレイが何かを言うより早く「そんなのわからねえじゃねえかよ」と言った。
「親父さんが本当にかぼちゃだったのかどうかもわからねえだろ。
仮にかぼちゃだったとしても、苦労して切り開いたら中身が何にもなかったかもしれねえ。中身を見なきゃ良かったって思ったかもしれねえ。
お前は『逃げた』っつったけど、違う。『見切りをつけた』んだ。
お前が親父さんへの執着を捨てたから、俺と一緒に生きることを選んだから、こいつは今こうして安心して眠ってるんだ」
そこまで一気に言って、エッカルトは言葉を切った。暗がりの中でオドレイの瞳が真っ直ぐにこちらを見つめているのがわかって、さらに強く彼女の手を握りしめた。
「わざわざ食べたくねえものを無理してまで食う必要はねえんだよ。そういうのは、本当にそれしか食えねえやつにやっちまえば良い。
選択をすることは逃げじゃねえ、生きるために必要なことだ。
だからお前は何も間違ってねえし、後悔なんてするな……お前に悲しい顔は、させたくねえんだよ」
オドレイに向けたはずの言葉は、エッカルト自身の胸を抉った。
そうだ、俺はこいつに悲しい顔をさせたくなくて、後悔なんかさせたくなくて一緒になったんだ。
なのにどうして上手くいかないことがこんなに多いのだろうと、エッカルトは悔しくなる。
歯痒さのあまり目を伏せて唇を強く噛み締めた時、ふと頭に柔らかい感触が降ってきた。
驚いて伏せていた瞼を上げると、握りしめていたはずの手をすり抜けて、オドレイがエッカルトの頭を撫でていた。
「ごめんね。でも、ありがとう」
娘をあやすのと同じようで違う優しい手に、エッカルトは言葉をなくした。
「わたしのために、怒ってくれたんだね……エッカルトが怒ってくれるから、わたし、間違わずに生きていけるんだって、そう思うの」
そうして今度はオドレイのほうから、エッカルトの手を掴んでぎゅっと握りしめる。
するとオドレイは急にクスクスと笑い出す。エッカルトがなんだかバツの悪い思いをして「なんだよ」と不機嫌に言うと、オドレイは「なんでもないの」と笑う。
「エッカルトのほうが、かぼちゃっぽいかなって思ったの。
いろんな人に誤解されるけれど、でも、ほんとうはやさしいところ、わたし、だいすきよ」
それを聞いたエッカルトは照れから口をへの字に曲げつつも、いつもより口数の多いオドレイに免じて「俺も……」と言った。いや、言おうとした。
エッカルトが口を開いたその瞬間、それまで大人しく寝ていた娘が二人の間でぐずり出したので、二人は慌てて娘を再び寝かしつけるべく苦心するのだった。
