「お礼参りに行こ」
深野が発したのはその一言だけだったというのに、由は「うん」とはにかんで同行してくれた。
十数年の月日は短いようで長い。
例えばそれは、電車の切符代だとか、運行ダイヤだとか、そういった普段なら気にも掛けないような小さなことが変わっているという事だった。
記憶を辿りながら小さな社を目指す。その間、何度か深野は由を見下ろした。
スッと背筋を伸ばして歩く由の行儀の良さは、十年以上経っても変わらない。
変わらずに隣に居てくれる、そのことが何よりも嬉しく、深野は由と目が合うたびに何度も口元を緩めた。
そうこうしているうちに、長い石段を登り切る。小さな社は相変わらずぽつねんと佇んでいた。
小さいながらも手入れの行き届いた社殿と賽銭箱の前に立つと、あの日何を思ってここに立ったのかが鮮明に思い起こされるようだった。
「『引っ張りだこ』まではまだ行かんけども、おかげさんで全漫優勝出来ました」
気が付けば、社殿の中で座しているであろう神に向かって、深野はそう言っていた。
隣で由がくすりと笑む。
「正直に言いすぎ」
「ほんまのことやろ?」
「まあな
……ほんまに引っ張りだこになってしもたら、お礼参りに伺えへんので。今日、来さしてもらいました」
一つ肩を竦めてから、由が深野の言葉を引き継いだ。
二人の声に応える神の言葉は聞こえるはずもない。それでも二人は、返事を待つかのようにしばし佇んでいた。
その静寂を割いたのは由の咳払いだった。
「お賽銭、入れさしてもらおう」
どうやら気恥ずかしくなったらしい。そう言ってそそくさと財布を出そうとする由を、深野は制した。
「今度は俺が出す番」
そうして由に硬貨を握らせると、苦笑が帰ってくる。「五円ぐらい……」と言いつつ、しっかりと「ありがとう」と礼を述べてくれる由に、ああ、やっぱり好きやなと、深野は思った。
示し合わせたわけでもないのに賽銭を投げ入れるタイミングが全く同じなのは、長年相方として隣にいる故だろうか。
いや、前回もそうだった。それどころか、隣に由が居て自分のペースが乱されたことなど、深野は一度もなかった。そのことを思うとまた一段、由への想いが強くなる。
由が本坪鈴から垂らされた麻縄を手に取る。深野は由が何かを言う前に、由の手の上から麻縄を掴んだ。
由の驚きが掌に伝わる。冷気に凍えた指先を、深野は指の腹で一つずつ辿った。
「ちょ……おまえ」
「由、ちゃんとお礼」
驚きのあまりこちらを凝視する由に一つ微笑んで、深野は改めて由の手を両方とも己の手でしっかりと包みこむ。由が観念したかのように一つ溜息を落としたのを合図に、二人は鈴を鳴らした。
鈴の音を追いかけるように二礼二拍手。手を合わせ目を閉じて、改めて祈りを捧げる。
由が隣に居てくれること、感謝してます。この先もずっと、死ぬまで由と居れますように。
最後の一礼をして隣を見やると、由はまだ何かを真剣に祈っていた。その横顔を、深野はじっと見つめた。
前回は彼を待ちきれずに祈りを中断させてしまったが、どうやら自分も少しは成長したらしい。
と言うより、由がこちらを見てくれない時間すらも、愛おしいと思えるようになったという事かもしれない。
ああ、ほんまに、好きやなあ。
やがて由が祈りを終える。ほぅ、と息を吐き出し、彼は社殿に向かって微笑んだ。
その顔は付き物が落ちたかのように晴れやかだった。
「悪い、待たせた」
一つ頷いてようやく社殿から深野に向き直った由の言葉に、深野は「うん」と頷く。
「だいぶ待った」
「正直やな」
「何をお祈りしてたん?」
問いただすつもりは無かったが、一度ならず二度までもあんなに真剣に祈る姿を見てしまっては、聞かずにはいられなかった。
努めて平静にと声を出したにも拘らず、拗ねたような物言いになってしまった深野に対し、歩き出しながら由はクスリと楽しげに笑って「大したことやない」と首を振る。
「願い事を叶えてくれはらへんで、ありがとうございますって、言ってただけ」
「? どういう意味?」
先を歩いていた由に追いついて、二人で石段を下る。
由はその間「だから、大したことないって」と言い続けていたのだが、石段を下り切るころになって、深野の視線に根負けしたらしかった。
「……失恋祈願、してたから」
居心地の悪そうに目線を逸らし、口をへの字にして、すぐ傍に居なければ聞こえないような小さな声で観念する由に、深野は愛おしさを堪えることができなかった。
最後の一段を下り切ると同時、その細い体を抱き寄せる。
「そら、無理やで」
突然の抱擁に驚き抗議する冷え切った身体をさらにきつく抱きしめることで抵抗を制し、首まで赤く染まった愛おしい人へ、深野は唇を寄せた。
「だって、ここに居てはるのは……」
