本当に恨めしいのはその男前なところ

「誕生日が恨めしい」

藪から棒に、森山もりやまがそう言った。

また面倒なことを言っているな……。

そう思った笠松かさまつは無視を決め込むことにした。
だが、返事がもらえないことに不満だったらしい森山は、声のボリュームを上げて再度、全く同じことを口にした。

「誕生日が、恨めしい」

もはやそちらを見なくても森山がどんな顔をしているのかと笠松が想像することは容易かったが、だからこそ余計に面倒臭い気配を察知した。
そうしてその面倒に巻き込まれたくないが故に無視を続ける笠松だったが、

「誕生日が」
「だあー! うるせえ!!」

それは敢え無く失敗した。我慢の限界を感じ、静止の声と共に真後ろの席を振り返る。するとそこにはやはり予想通り、子供のように頬を膨らませた森山の顔があった。

「何だおまえさっきから!」

と言い募れば、森山はますます頬を膨らませながら「だって」と言う。
何が「だって」だ小学生か! というツッコミを、笠松は敢えて口には出さなかった。
そんなことはいざ知らず、森山はようやく本題を口にする。

「二月十三日生まれなんだぞ。バレンタイン前日!」
「……だから?」
「女子からプレゼントをもらえる機会が一回少なくなる!」

大仰な響きで発せられた言葉は、大方の予想通りと言うべきか。いや、もしかしたら予想よりも遥かに下らないかもしれない。

とにかく笠松は今度こそ溜息を抑えきれなかった。それに対し森山が「あ! 酷い!」とまた言うので、「ああもううるせえ!」と、思わず目をきつく閉じてこめかみを抑える。

森山由孝よしたかは、黙ってさえいれば、端正な面立ちをした綺麗な男だ。強豪男子バスケットボール部でレギュラーの座だったということも、恐らく異性にとってはプラスになる。
だがその実、何よりも女の子が好きな運命論者で、宗教染みた歯の浮くようなセリフを並べ立てた軟派が趣味という救いようのない残念さを持っている。

それだけならまだ良い……いや、決して良くは無いのだが、笠松の頭を悩ませているのはもう一つあって。

閉じていた瞼を気づかれない程度に薄く開ける。相変わらず「ひどい」だの「悲しい」だのを大仰に嘆く同い年の男が目に映る。
同い年であるはずなのに、まるで小さな子供を相手にしているように感じるのが、俺の気のせいだったら良かったのに。そう、笠松は嘆息した。

「森山」

再び目を閉じて笠松は静かにその名を呼んだ。森山は「何だ?」と疑問符を頭に浮かべる。それに対し、

「その、ガキみてえに頬を膨らませた顔を止めろ」

先ほどから……いや、この男と二人きりで話すたびに思っていることを、改めて口に出した。だが、

「えっ?」

とうの森山は、まるで心当たりがないというように、ますます首を傾げた。

そう。この男は、自分と二人きりになると、途端に言動が幼くなる。それが、笠松が頭を悩ませるもう一つのことだった。

部活動中はそんなことは無かった。笠松は森山の軟派な言動には呆れこそ、チームの得点源としてこの上なく信頼を寄せていたし、森山からもキャプテンとして信頼されていた。
だが、ウィンターカップを最後に引退し、大学受験を経て自主登校期間となったこの二月、同じ教室で前後の席になってからというもの、森山の幼さに笠松は苛立つようになってきた。

これは俺に対してだけなのか? と、それとなく他のクラスメイトやバスケ部の面々との会話を観察してみたが、程度の差は有れどここまでのことは無かった。そのことが、笠松をますます訝しがらせた。

大体なんだよ、今更そんなことで愚痴愚痴と。おまえのその不満は生まれてから十八年目で突然生じたものなのかよ?

そんなことを、考えていたせいだろうか。

「……まつ? 笠松?」

はっと気が付くと、長い指が目の前をチラついていた。どうやら森山の物らしい。変則スリーポイントシュートを得意とする繊細な指の向こうに、端正な顔が眉を寄せている。

「どうした? 悩み事か? お兄さんが聞いてやるぞ」
「誰がお兄さんだよ。同い年だろうが」

視界をチラつく指を乱暴に押しのけようとして躊躇う。バスケはもう引退したが、それでもこの綺麗に整えられた指先を雑に扱うことは笠松にはできずに、しっしと追い払うジェスチャーをするに留めた。
森山はそれを見てなぜか満足げに笑うと再び「あーあ、誕生日が恨めしいなー」などと、今度はいくらか笑みを浮かべて宣う。

……ああ、これは、もしかして。

「……まあ、確かに。十三日生まれってのは、何かと損だよな」
「だろ?」

一つの確信を得て、笠松は森山の話に乗ることにした。するとすかさず、森山が顔を輝かせて食いついてくる。

「ただでさえ、十三日の金曜日~って、不吉がられたりするし」
「いや、それは知らねえわ」

素っ気なく答えているにもかかわらず、森山は先ほどより明らかに楽しそうに「ひでなあ笠松」と笑みを深めるので、笠松の確信は確証へと変わった。そうして、

「由孝」

滅多に呼ばないファーストネームで彼を呼べば、突然のことに面白いように森山が制止する。息を呑む音さえ聞こえた気がして、対照的に笠松は笑みを浮かべた。

「心配すんな。おまえの誕生日とバレンタインは、別々に祝ってやる……それから」

素早く壁掛け時計を確かめる。次のチャイムが鳴るまであと三十秒……これだけあれば余裕だと笠松は頷き、「……それから?」と呆けたように口に出す森山の後頭部を素早く抱え込んだ。そのまま自らの肩口にその頭を引き寄せる。

「!? わっ 何を……!」

森山の驚く声とチャイムの音が重なる。構わず笠松は耳打ちをして、教室のドアが開くより数秒早く彼を解放し、何事もなかったかのように真っ直ぐ机に座った。

教卓に立った教師が、恐らく笠松の背後の席で呆然と顔を赤らめていたであろう森山を見て片眉を上げる。

「? どうした森山、気分が悪いのか?」

それに「ヒャッ!?」と裏返った声で返事をする森山に、クラスメイト達がクスクスと笑う。それに混じって笠松は、誰にも気づかれないように、全く違う種類の笑みを浮かべていた。

「……心配しなくても、おまえのことは、この先も離す気ねえから」

高校卒業まで、残り二十日。
そんなに不安がって甘えてこなくても、その間もその先も、ちゃんと傍に居てやるよ。