人一人がやっと入れるような狭い部屋に、ダンは座っていた。備え付けられた椅子に座ると、目線の高さには格子の嵌め込まれた窓がある。
「では、貴方の罪を告白なさい」
格子の向こうから聞こえてくるのは、この教会の司祭であり、ダンがリーダーを務める冒険者パーティの一員であるケストナーの声だ。
ダンは大抵、ケストナーを次の仕事に誘うためにこの教会を訪れる。あまり信心深くないダンは、それ以外の用事で教会を訪れることなどほとんどない。
だが、今日はその『それ以外の用事』で教会を訪れていた。そこをケストナーに見つかった。
ダンの様子に何か思うことがあったのか、ケストナーはダンをこの告解室へ押し込めたというわけだ。
ケストナーの言葉に、ダンは困り果てた。胸の内に蟠るこれは、罪というには軽すぎる。
だがこれのせいで己を見失いそうになっていることも確かだ。
だから教会を訪れた。日常を離れて静かに祈る時間を持てば、少しはこの胸のしこりが小さくなってくれる気がした。
教会を訪れた理由など、ただそれだけなのだ。
「罪……って言うても……」
しどろもどろになるダンに、ケストナーは言葉を変えた。
「深く考える必要はありません。貴方が今日、ここを訪れた理由を聞かせてください」
格子の向こうのケストナーの表情は伺えない。だが、いつものように、表面上は穏やかに笑っているのだろうということを想像することはダンには容易かった。
柔和な表情に似合わず、過激で短気で言動に遠慮がないのが、共に冒険者として命を預け合うこの男の本性だ。
そのことを思ってダンは少し笑った。「上手いこと話せへんかも知れへんけど」と前置きして、話し始める。
「この間の依頼のことで、ちょっとな……」
「山間の村で闇魔道士を討伐した時のことですね」
共にその依頼に出向いたのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、話の速さにダンは「そう、それ」と乾いた笑みを漏らした。
「依頼は滞りなく完了したと思っていましたが、何か気になることでも?」
先を促すケストナーに、ダンは「それはそうなんやけど……」と相槌を打つ。
「……ほんまに大したことないねん。でもな、ちょっと思うことがあって……」
うまく言葉が出てこなくて後頭部に手をやる。そんなダンの姿は格子の向こうからは見えないはずなのに、ケストナーは穏やかに話の先を促した。
「構いませんよ。ゆっくり話してご覧なさい」
穏やかな物言いに、ダンは後頭部にやっていた手を下ろした。
そして一度ゆっくりと頷いて、訥々と語り始めた。
「あの闇魔道士、元々は冒険者やったって話やったやん?
……依頼の最中に喪った仲間を蘇らせたくて、闇魔法に傾倒したって……
仲間を想う気持ちが暴走して、あんなことになってしもたんやって思ったら……
もちろん、村人に危害を加えたのは許されへんことや。俺らみたいなんに討伐されたのも、当たり前やと想う
けど……なんでそないなってしもたんかって考えたら……」
そう思ったら、そう考えたら。その続きの心情を表す言葉を、ダンは的確に選べなかった。
悲しい、つらい、哀れ、やりきれない、嘆かわしい、いたたましい……。
どれも的確なようで、どれも似つかわしくない。そして、
「……他人事には思えへんねん
お前らを喪った時、俺が、そうなってしまわへん保証はどこにもないやろ?
……あの闇魔道士は、俺の未来の姿かも知れへん」
すとんと口から出た言葉。それこそがダンを蝕むものの正体だった。
口から出たことでその輪郭が際立つそれ。
本当に大したことのない悩みだなとダンは思う。
だがその一方で、そのどす黒い色に飲み込まれそうになることも事実だ。
一体どうやってこの感情と、この不安と向き合えばいいのか。そう考えると途方に暮れてしまう。そうしてダンが黙り込んでしまうと、告解室に沈黙が横たわった。
格子の向こうのケストナーの表情は伺えない。呆れているのだろうか、軽蔑しただろうか。
やはりこんなことを話さなければ良かった。やっぱり忘れてくれ、そうダンが言いかけたその時だった。
「話してくださって、ありがとうございます。ダン」
思いがけず丁寧なケストナーの声が響いて、ダンは驚いた。
「依頼を終えたその日から、貴方の様子がいつもと違うことには気がついていました
ですが、それが何に起因するものなのかは、今話してくださるまで分かりませんでした
よくぞ話してくれましたね」
その声色は、いつもの過激さを一切拭い去ったかのような、慈愛に満ちた声だった。
ダンは思わず格子の向こうをまじまじと見つめた。そんなダンの様子に構わず、ケストナーは話し続ける。
「私たちを喪った貴方が、あの闇魔道士のようになってしまうのではないか
そう考えてしまうのは、貴方が私たちを大切に思う心の裏返しです
あの闇魔道士に同情してしまうのも、貴方の心根が優しいからです
その優しさが、時にこうして貴方を苦しめる
本来冒険者はもっと非情であるべきです。仲間にも依頼人にも敵にも、もっと無感動でいるべきです」
そこまで言ってケストナーは一度言葉を切った。しかしすぐに「ですが」と言って、続きを話す。
「そんなお人好しな貴方を、私は否定できません
そんな貴方だからこそこの命を預けようと思える。それは他の仲間も同じでしょう
それは間違いなく貴方の美徳です。誇っても良いことです
胸を張ってください、ダン
貴方のような冒険者を好ましく思い、必要とするものは、少なくはないはずですから」
格子の向こうにいるケストナーがどんな顔を浮かべているのかはこちら側から見ることなどできない。
だが、顔が見えない分ダンには、ケストナーの今語った言葉が紛れもない彼の本心であると確信できた。
顔が見えなくとも心を通わせることができる、それほどケストナーとは多くの時間を共有して来た。
そしてそんな彼だからこそ、喪ってしまった時に自分はどうなってしまうのかと不安に思っていたのだと、今更ながらにダンは実感して、彼の言葉を噛み締めるように目を伏せた。
「……ありがとう。お陰で吹っ切れたわ」
伏せていた目を開き、格子の向こうへ笑みかける。
ダンの様子が伝わったのか、「どういたしまして」と言うケストナーの表情も明るいものであることをダンは確信した。
「ああそうそう。もし私が志半ばで果てたとしても、闇魔法でどうこうしようとはしないでください。考えただけで悍ましいです」
ダンの調子が戻ったことを悟ってか、ケストナーは先程までの慈しむような物言いから一転、いつものように遠慮のない毒舌を吐く。
ダンはそんな彼に盛大に笑って、「どないしようかなあ」と戯けて見せるのだった。
この男が居てくれてよかったと、そう思いながら。
