むかしむかしのことです。この地に、無敵の強さを誇った剣客がおりました。
誰とも群れることもなく、多くを語ることのない無口な男でしたが、その冴え冴えとした剣筋には多くのものが魅了されました。
彼の弟子になりたいと思うものも多くおりましたが、彼は首を縦に振ることはありませんでした。
ところが彼は、ある日突然姿を晦ましたのです。
なにぶん誰とも連まない男だったので、その行方はついぞ掴めませんでした。
その姿を最後に見たものが言うには、彼は波打ち際を見てこう言っていたそうです。
「引き潮だ。これを逃すと波に乗れぬ」
意味深な物言いはしかし、その男の存在とともに忘れ去られて行きました。
それこそ潮が引くように、静かに確実に消えていったのです。
なぜなら、彼の言葉とは裏腹に、国は空前の発展を遂げたからです。
ですが、それは長くは続きませんでした。
国の発展と引き換えに課された重い税に民衆は耐えかね、ついに蜂起し、長い戦いの末に国を討ち滅ぼしたのです。
その先頭に立っていた少年は、いつか見た拵えの刀を佩いて、冴え冴えと敵を切り捨てて、新しい国が生まれた後も、無敵の強さを誇ったのでした。
