地球産

結希人ゆきとが失恋した後の憂さ晴らしに弘臣ひろおみが付き合うのは、別に初めてのことではない。ただ今回は弘臣の家に二人分の料理を作る用意がなかったので、手近な居酒屋に彼らは居た。
生中が手元に来てから最初の料理が運ばれてくるまでのわずかな時間で結希人は、別れた彼女に対する未練をめそめそとぶちまけた。そんな彼を弘臣は「今回は上手くいきそうだったのにな」としみじみと慰めた。

「何がいけなかったの? 彼女、なんて言ってた?」
「浮気する男は最低だ……って……先に俺から気を逸らしたのは向こうなのにさ……」

ずびっ、と鼻を啜って結希人は生中を流し込んだ。真っ赤に目を晴らした結希人は前回もその前回も全く同じ理由で別の女の子に振られていた。
弘臣は結希人の恋愛を全て把握しているわけではなかったが、恐らく結希人の失恋はいつも彼の浮気によるものなのだろうということは想像に容易かった。

「ずっと俺だけ愛してくれるって……約束してたのに……!!」

結希人の求める愛の形というのは単純で、ずっと一生お互いだけを見つめ続けることを理想としている。
それ自体は良いのだが、彼は極度の寂しがり屋で、付き合っている相手が少しでも自分から気を逸らしたと感じると、相手の気を引きたいがばかりに浮気をしてしまうという悪癖がある。
さらに悪いことに彼自身はそれを浮気だと思っていない。
大抵の人間はそんな彼に愛想を尽かして、別れを切り出す。

次々と溢れる涙を拭いながら、「どうしてみんな約束を破るのかな」と結希人は言った。弘臣は、「結局みんな自分本位だから仕方ないよね」と返した。

「どれだけ献身的な人でも、結局自分に益がないと奉仕活動をしないと俺は思う。
思いやりにあふれていると言われている日本人でさえそうなんだから、海外の人はもっとドライだろうね」

そう弘臣が言い終わると同時、熱々の唐揚げが運ばれてくる。代わりの酒を注文すると、一旦会話を中断し、二人はそれを食べ始めた。

ここ何十年かで国を超えて人種は入り乱れ、もやは黒髪黒目に黄色い肌を持つ日本人を探すことのほうが難しくなりつつある。弘臣の髪色も目の色も薄いヘーゼルで、結希人に至っては黒い髪に赤い瞳と白い肌だ。海の向こうの国々との距離は日に日に、そして確実に縮まっている。
にもかかわらず自分たちの日本人らしさを弘臣は暮らしの中で感じている。例えばそれは、箸を丁寧に扱う結希人の指先だったり、食事を前に手を合わせる自分の姿だったりした。

唐揚げと入れ替わりに注文した二杯目の酒が来ると、二人はそれぞれ半分ほどを一気に飲む。そこまでの時間ずっと二人は沈黙していたのだが、不意に結希人が「宇宙だったらどうかな」と意味深なことを言った。

「宇宙って?」
「地球の人たちより、宇宙の人達のほうが、俺の気持ちに応えてくれるんじゃないかなって……金星の人とか良さそう。愛の星だもんね」
「なんかそういう歌あったよな……金星から愛を込めてe-mailを、的な」

どうやら先程の会話の続きらしい。弘臣の言葉に結希人は「めっちゃ懐かしい歌だ」と言った。

「宇宙旅行の話とかも聞くし、そのうち宇宙に住む人も現れそうだよね」

ずっと泣いていた結希人はそう言ってやっと笑った。弘臣はそんな彼に「そうは言うけど」と苦笑した。

「宇宙に住んでても結局出身は地球だからな……宇宙生まれ宇宙育ちの人間が生まれるのなんてまだずいぶん先の話だよ。多分俺たちが生きている間の話じゃない。
だから結局結希人は地球が産んだ人間としか恋愛できないんじゃない?」

すると結希人は些かがっかりした様子だったが、「それでもさ」と食い下がった。

「宇宙に飛び出して生活しようって決心するような子だったら、例え地球産の子でも今までの子とは違う価値観だって持ってるよね。そういう子なら俺のこと大事にしてくれるかも」
「そう上手く行くかな」

弘臣は笑いながら結希人の言葉に首を傾げた。結局恋愛はやってみないとわからない。結希人はすっかり涙を引っ込め「上手く行くよ」と自信たっぷりに言った。
するとそこでタイミングよく次の料理が運ばれてきた。洋食のような和食のような、それでいて中華やイタリアンのような不思議な料理に「どこの国籍の料理だろう」と弘臣が言うと「地球産の料理には間違いないよ」と結希人は言った。

無国籍料理を食べながら弘臣は、先程までの会話を反芻する。
結希人はああ言っていたけれど、きっと彼は宇宙進出を待たずに地球の誰かにまた恋をするのだろう。地球中を探し回ればもしかしたら丸ごと結希人を愛してくれる人がいるかもしれない。
その確率は、自分たちが生きている間に人類が宇宙に適応する確率よりかはずっと高いだろうと弘臣には思えた。