目標は高いほうがいい。よく聞く言葉だ。
晴久にとっての目標はいつでも、ひとりの少年だった。
ひとつ年上の彼は大会で出会うたび晴久を超えて高々と飛んだ。
その背には翼が生えているのだと信じられそうなぐらい高く、彼は軽々とバーを飛び越えていた。
ある日忽然と、彼は棒高跳びの世界から居なくなってしまった。
晴久は想像の中で彼との競争を続けた。
どれだけ高く飛んでも、自分より遥か上空を飛んでゆく彼の幻想が消えなかった。
それは晴久が様々な記録を塗り替えても消えることはなかった。
しかし、晴久に掛かっていた魔法はある日突然なくなってしまった。
幻想の中で誰よりも高く飛んでいた彼の、大人になった姿を思い描けない自分に気がついたからだ。
晴久の中での彼は永遠に少年のままで、大人の晴久より高々と飛んでいた。
だが、子供がこんな高いところまで飛べるはずがないじゃないかと、突然夢から覚めるように気がついたのだ。
そこから晴久が棒高跳びの世界を去るのは早かった。
オリンピック候補とまで言われていた期待の星の突然すぎる引退はあちこちで騒がれた。けれど、晴久は構わなかった。
これ以上自分が高く飛んで、あの高々と遥か上空を飛ぶ少年の幻想を壊すのが惜しくなった。ただそれだけだった。
皮肉にも、まだ伸び代がある状態で引退した晴久を、かつての晴久がそうだったように夢に見る多くの選手がいたことを、晴久は知らない。
