山門 弘臣やまと ひろおみは心の鍵を失くしている。優一ゆういちはそう確信している。

心を閉ざしているのとは違う。
誰も入ってこないようにうちに篭って中から鍵をかけているのではなくて、外側からかけた自らの心の鍵の行方がわからなくなってしまって扉の前で立ち尽くしている。そんな印象だ。

彼の心を開くには、失くした鍵を見つけなければならない。けれど彼自身にはその気がない。
鍵のかかった扉の前でただ「これは開けてはいけないものだよ」と、扉を開けようとするものたちにそっと忠告してやり過ごしている。彼はそう言う男だ。

優一は、そう言われて大人しく引き下がった側の人間だ。
固く閉ざされた弘臣の心を無理にこじ開けなくとも、彼と言う人間と人付き合いをすることはできる。それで充分だった。

だが、綾加あやかは違ったようだった。
弘臣の恋人である彼女は、何度も彼の心に合いそうな鍵を見つけて来ては無理矢理鍵穴に差し込み、その扉を開けようとしては失敗している。代替品ではなく、ぴったり合う鍵でない限り彼の心は開かないと言うのに。
彼が何度「これは開けてはならない扉だ」と注意しても、優一のように引き下がることはなかった。

「どうしてそんなことをする?」

ある日気になって優一は綾加に尋ねた。
今のままの弘臣では不満なのか。それとも開けてはならぬと言われると開けたくなる天邪鬼な心からなのか。

「だって、わたしは弘くんの恋人だよ」

綾加は当然のように言った。

恋人だから。それは免罪符になりうるのか。
恋人だからこそ、今のままの弘臣をそのまま受け入れ愛してやれないのか。
何度も何度も鍵を開けようとしては失敗して疲れ切った様子の綾加を前に、優一はそうは言えなかった。

彼女は、扉の内側にはさほど興味がないのかもしれなかった。ただ鍵を開けるというそのことに執着しているのではないかと、優一が思ったその時、

「でもね、もういいんだ……わたし、弘くんと別れようと思う」

ちっともそう思っていないような口振りで綾加が言った。

優一は「それも良いんじゃない?」と微笑んだ。そうすると綾加は少しずつ、今までどうやって弘臣の心を手に入れようとして来たかを語り出した。
とにかくいろんなことをした。けれども全くうまくいかなかった。もう疲れた。

「でもそれでも弘くんが好きなの」

その声ははっきりと未練の色を有していた。

数日ののち、優一は二人を見かけ、「おや」と思う。

誰に対しても──優一に対しても綾加に対しても全く同じ反応をしていた弘臣の、綾加を見るその顔が、愛おしさで緩んでいたのだ。

綾加はついに弘臣の心にぴったり合う鍵を見つけたのだろうか。
それとも、弘臣の心の内側に居た何かが自ら扉を開けたのだろうか。

それは優一には分からない。
ただ、以前よりも二人とも穏やかで幸せそうな顔をしているのを目にして、弘臣が頑丈な鍵で閉じ込め続けた扉の内側のものが決して悪いものでなくて良かったと、ただただそう思うのだった。