秋は夕暮れ

秋風を引き連れて、ケルウスは愛馬を走らせた。
街道を越え、丘を越え、平原を越え、沈みゆく夕日を追いかけて、ただ只管に西へ。

どうしようもない思いを抱いた時、意味もなく不安な気持ちになった時、ケルウスは愛馬で駆け抜ける。馬上は自由だ。誰も彼を追いかけてこない。

そうして落葉樹の森を抜け、大きな川へと辿り着くと、ケルウスの逃避行は終わりを告げる。この向こうは外国だ。
ケルウスは仕方なく手綱を引いた。賢い愛馬は騎手の指示を正確に汲み取り停止する。

赤い夕日を反射して、川ははさまざまな色に光っている。静かな水面にケルウスの心が凪いでいく。そうして彼は、漠然としていた己の心が解けてゆくのを感じていた。

母親が重篤になった。

ケルウスは彼女を愛していないと思っていた。
母の愛は歪な依存の形をしていて、ケルウスには受け止めきれないものだった。

だからケルウスは、重い病に冒された彼女がいなくなってしまったほうが平気なように思っていた。
しかし、現実は違った。

か細い腕、閉じられた瞼、浅い呼吸、終わり行く生命。

日に日に弱りゆく肉親の姿を目の当たりにして、ケルウスの心はざわめいた。
落ち着かない心を持て余し、気がつくと愛馬に跨っていた。

太陽の死にゆく様を、この目で見たいと思った。そうすれば、母親の死を冷静に受け止められるのではないかと思った。

短い秋の日暮れを少しでも長く目に焼き付けようと、日が沈みゆくのと同じ速さでケルウスは駆け抜けた。
そうして国境の先へ沈みゆく夕日を今、目の当たりにしている。

空を赤く染め上げて、鳥の群れを従えて、山々の向こうに落ちてゆく様を、目に焼き付ける。それはまさに壮大な死だった。
こんな風に派手に死んで行くのなら、いっそ母を思い出すのはその死に際だけだっただろう。けれど母はあまりにも静かにその生涯を終えようとしている。そのことがケルウスを切なくさせる。

「……母上」

落日に母を重ねることはできなかった。
死を看取る心算こころづもりはどうやらできないらしい。太陽がその姿を消し、辺りが暗闇に包まれてようやくケルウスはそのことを思い知る。

日はまた生まれる。けれど人は生き返らない。

ケルウスは愛馬の鼻を帰り道へと向けた。これ以上この先へは進めない。
ならば戻るべきだ。戻って現実と向き合うべきなのだ。

物悲しい秋の風を連れて、ケルウスは来た道を駆け抜けた。