学年主任の先生の強い眼差しに目を合わせることができないでいると、先生は静かに口を開いた。
「どうしてこんなことをしたんだ」と。
場所は進路指導室。
先生の手には、直線的な折り目がいくつもついた進路希望用紙がある。
さっき担任から配られたとき、紙飛行機にして窓から飛ばした紙切れだ。
紙飛行機は、担任の目を盗んで滑走することには成功したけれども、偶然学校の外にいたこの先生に墜落現場を発見された。
大して飛ばなかったのだろう、機首だった部分には汚れがついている。
どうして、と先生は尋ねるけれど、自分でもどうしてこんなことをしたのかが分からなかった。
ただ、こんな紙切れに自分の人生を決められることが恐ろしくなって、気がついたら飛行機に変身させていた。窓際の席に座っていたのをいいことに、そのまま外へ逃してやった。
その時急に、心が軽くなったような心地がしたんだ。
でも、そんなことをそのまま先生に言ってしまったらきっと呆れられる。それが恐ろしくて何も言うことができずに、ただ唇を引き結んで俯いた。
すると先生は何を思ったのか、急に柔らかい声で名前を呼んできた。
意味がわからず胡乱な目で先生を見ると、声と同じかそれ以上に柔らかい目でこちらを見ていた。
「将来のことが恐ろしいんだろう」
思わずびくりと体が跳ねた。
どうして今考えていたことが分かったんだろう。驚きのあまり先生の顔をまじまじと見てしまう。
すると先生は何だか照れ臭そうに「実はな」と言い置いて、
「先生も高校生の時、同じことをしたんだ。そして同じように学年主任の先生に見つかって、こんなふうに一対一で注意をされた」
頬を指でかきながら衝撃の告白をする先生。驚きすぎて何も言えないまま先生を見つめてしまう。
真面目が服を着て歩いているようなこの先生に、そんな過去があっただなんて信じられなかった。
「だから、俺には君をきつく叱ることはできない。
でもこれだけは分かってくれ。こんな紙切れ一枚書いたところで、君の将来は確定なんかしない。
紙飛行機みたいに、軌道に乗って真っ直ぐ迷いなく飛んでいくものじゃないんだ」
優しく、それでいて真剣な先生の言葉に、気がつくと頷いていた。
それを見て先生がそっと、飛行機になり損なった進路希望用紙を渡してくる。大切にそれを受け取ったとき、チャイムが鳴った。
先生は立ち上がり、扉を開いてにっこりと笑う。どうやらこの場から解放してくれるらしい。
扉の前まで歩いて行き、おずおずと頭を下げると、背中をとんとんと叩いてくれる。励まされているのが分かって、照れ臭くなった。
「ちゃんと提出するんだぞ」
先生の言葉に背中を押され、進路指導室を後にした。
教室に帰ったら、第一志望には教員免許を取得できる学校の名前を書こう。
足取りは軽く、将来は輝いて見えた。
紙飛行機のように、どこまでもまっすぐ飛んで行ける気がした。
