陽介が音楽の虜になったのは、祖母からプレゼントされたくまのぬいぐるみがきっかけだった。
外国のお土産だというそのくまはオルゴールを内蔵しており、発条を回すと異国の音楽が流れた。
幼い陽介はそのくまと音楽を大変気に入り、いつでも一緒にいた。
後にその曲の原曲を聴く機会が訪れ、陽介は驚いた。
オルゴールの音色は美しく優しいものではあるが単調なものだ。しかし原曲は華やかアップテンポで、歌詞までついていた。
そしてその歌詞の意味を知ってさらに驚いた。なんとそれは華やかなメロディーとは正反対の、哀悼の歌だったのだ。
音楽って、すごい。
雷に撃たれたような衝撃に、やがて自身でも曲を書き始めるのは必然だったと陽介は思う。
ただ、陽介には作曲しかできなかった。作詞や歌のセンスがなかったのだ。
曲だけでも作品にはなるけど、ここにぴったりの歌詞がついて、それを素敵な歌声で歌ってもらえたら、もっといいものに仕上がるのにな。
悩んだ末、一人ではどうにもならないと知った陽介は、インターネットで曲を公開し、歌詞と歌い手を募集した。そこで輝也と出会ったのだ。
輝也の歌詞と歌声に、これだ! と思った。
陽介と輝也は生まれ年こそ同じだったが、育った環境が全く違い、その感性は陽介には到底ない物だった。
どちらかと言うとしっとりとした物悲しい曲を作りがちな陽介に、輝也は溌剌とした歌詞を書き、朗々と歌った。
そうやって次々と生み出された陽介と輝也の音楽に、さらに予想外なことが起こる。二人の音楽でダンスを踊る人物が現れたのだ。
彼の名は暁夫と言い、さらになんと陽介と輝也に「一緒にアイドルにならないか」と誘いをかけてきた。
最初は渋っていた二人だったが、四つも年下の暁夫の押しに負け、結局アイドル活動を始めることになってしまった。そうしてアイドルグループ『リヒト』は誕生した。
成り行きで始めたアイドルだったが、次第に陽介はこの活動が好きになっていった。
最初は暁夫が飽きるまでのつもりだったが、自分の書いた曲に輝也が歌詞をつけ、暁夫が振り付けをして、三人で歌って踊ると、そのどれもが欠けてしまってもこの音楽は完成形ではないと思うようになった。
陽介は歌うことやダンスをすることには不慣れだったが、歌は輝也が、ダンスは暁夫がとことん練習に付き合ってくれたおかげで、なんとか人前で披露できるようになった。
ファンとの交流にも力をもらった。「『リヒト』が大好き」「ずっと『リヒト』を応援し続けます」と言う声に何度も助けられて、陽介たちはここまで来た。
そうしてファンの力に背中を押されて挑戦したのが、オーディション番組だ。勝ち上がればゴールデンタイムで放映される決勝戦でパフォーマンスを披露できるこの企画に飛びついた陽介たちだったが、結果は惨敗だった。
だが、箸にも棒にもかからなかったと思っていた陽介に、番組スポンサーだった大手レコード会社から連絡が入り、冒頭の話へと繋がる。
返事を保留にした陽介に、重役は「いい返事を期待しているわ」と言った。まるで陽介が条件を飲むことが決まっているかのような口振りだった。
陽介はふらふらとした足取りでどうにか家までたどり着くとベッドへ倒れ込んだ。にっこりと笑った重役の赤い唇が頭から離れない。
すぐに返事ができなかったのは、陽介自身に迷いがあったからだ。『リヒト』の活動は楽しい。三人で作った音楽はどれも好きだ。
「陽ちゃんは綺麗系だし、テルは華があるし、俺はかわいいし、
曲だって歌詞だってダンスだっていいし、絶対俺たち売れると思うんだよ」
暁夫は根拠のない自信でいつもそう言っている。
どれぐらい根拠がないかと言うことは、活動を始めてもう五年も経つと言うのに、未だにどこの事務所にも所属できず、小さなライブハウスを埋めるのがやっとと言う現実が教えてくれる。
まだ学生の暁夫はともかく、陽介と輝也は一般企業で働きながら片手間でアイドルをやっている状態だ。
退き時かもしれない。
五年経っても芽が出ない現状に、陽介は密かにそう思っていた。
この活動を続けることで、三人ともが駄目になってしまうのではないかと思ったこともある。今なら三人ともまだ若いし、別の道でやり直すこともできる。
作曲ができなくなることは寂しいが、いい加減腰を据えて働くべきなのだろうとは周囲の同年代を見ていてずっと感じていた。
そこに降って湧いた、レコード会社専属の作曲家としての道。
しかも、自分の原点とも言えるオルゴールの音色で、今まで作った曲たちが日の目を浴びる。それは陽介を惑わすのに十分だった。
大好きな作曲をやめなくてもいい。それどころか、この道一本で食べていける。どうやらそれだけの才能が陽介にはあるらしい。
けど、俺が抜けてしまったら、『リヒト』は、輝也や暁夫は、どうなってしまうんだろう。
ぐるぐるとまとまらない考えに、陽介は頭を掻きむしった。その拍子にベッドの上にあった何かに腕をぶつけると、それは微かな旋律を奏でる。
その音にハッとして陽介が目を向けると、微かに口角の上がった顔をした、くたびれたくまが居た。
どうしてこんなところに。と記憶を辿ると、答えはすぐに見つかった。
昨日は祖母の命日で、陽介はくまを引っ張り出して久し振りに発条を巻き、自分がこの道に進むきっかけとなった異国の音楽を聴いて思い出に浸っていたのだ。
祖母は優しい人で、どんな時でも陽介を否定しなかった。何をやっても手放しで褒めてくれることが嬉しくて、陽介が初めて作った曲も一番に聴いてもらった。
「どうしてそんなに褒めてくれるの?」
ある日何となく陽介が尋ねると、祖母はこう言った。
「陽介がいつも自分に正直に生きているからよ」と。
「自分に嘘をつかないで生きるのは難しいの。
でも、陽介はちゃんと正直に生きている。おばあちゃんはね、それが嬉しいの」
「自分に、正直に……」
祖母の笑顔を思い出しながら、陽介は発条を巻き上げた。古びたオルゴールはところどころ針が欠けているらしく、時々鳴らない音がある。
俺は今、正直に生きているだろうか。
俺が本当にやりたいことって、なんだろう。
「おばあちゃん……」
くまの奏でる思い出の曲を聴きながら、陽介は自分へと問いかけた。
口角の上がったくまは優しく、陽介の答えを肯定してくれた。
