勇者信仰 - 2/2

村の代表は何度も何度も、白くなった頭頂を晒して、我々に頭を下げた。

年中雨が降る湿地帯の森が突然、乾燥した大きな山に変貌してしまった。
様子を見に行った村の若者は何人か、あの大蜘蛛の犠牲となってしまったようだった。
途方に暮れたとき、救世主のように我々が現れた。
我々の活躍により元通りの湿原帯が村の傍に帰ってきた今、村長は何度も「勇者様の再来だ」と涙を流した。

「【勇者】様、ね……こないな辺境にも【勇者信仰】があるとは」

ダンは誰にも聞こえない声で、独り言ちた。

氷漬けになった大蜘蛛の下から、【勇者】──森を山に変貌させた魔法具は発見された。
それは紫色をしたサッカーボール大の宝玉で、どこかの誰かが大昔、世界中に設置したもののうちのひとつだ。
この村のものは、普段は件の森の祭壇に祭られているようだったが、暴走を起こしてしまい、今回の事件に繋がったらしかった。

なぜ、たかだか迷惑な魔法具を【勇者】と呼ぶのか。

魔法具は呼吸をし、ある一定値に達すると、あたり一帯の環境をつくり変えてしまう。
その様がまるで、大昔の冒険記に出てくる【勇者】様と、彼が経験を積むたび複雑に変化する森や洞窟──【ダンジョン】の関係性にそっくりだったからだ。

【勇者】は気まぐれで、今回のような暴走は時折しか起こらないものの、毎日つくりの変わる森などは、この世界では珍しくなかった。
そして、そんな【ダンジョン】のそばでは必ずと言っていいほど【勇者信仰】があるのだった。

件の【勇者】の正体も知らない人々が、己が村に伝わる勇者伝説になぞらえて、ダンたちのように魔法具の面倒を見る一行のことを「勇者様の再来だ」と喜ぶのだ。

だからダンは、そんな自分たちが「勇者様」と呼ばれると、なんだかどっと、疲れが増す気がした。

いっそのこと、【勇者】を全て破壊してしまえば、【勇者信仰】もなくなるのではないかと考えたことはある。
しかし、日々変化する【ダンジョン】の恩恵にあやかって生活する人々がいる限り、緩やかに【勇者】の魔力が無くなっていくのを待つしかないのだ。
この村は【勇者】の暴走に耐え兼ね、変貌した【ダンジョン】を嫌がったが、むしろ暴走したままの【勇者】の傍で暮らほうが都合がよいと、生活を安定させた土地もあるのだから。

つまりダンができることは、なるべく自分たちの手に負えるように【勇者】が機嫌よくいてくれることを願うだけで。

「ほんま、ええ加減にして欲しいよな」

知らずに、ため息が漏れた。

駅馬車を乗り継ぎ二週間。ようやく見知った宿へ辿り着く。
依頼の顛末をまとめ、自室に帰って眠りにつく。これで、この世界でのサイクルはひとまず終了だ。

[ここまでの活躍を記録に残しますか]

頭に直接響く無機質な女性の声に、「はい」と返事をする。無事、ゲームセットだ。

「……梅田、また変わるんか」

目覚めるとそこはワンルーム。これが本当の日常。
ダン――段 貴久だん たかひさは、ただの体感型MMOゲーム『勇者信仰』が好きな企業戦士だ。
朝一番で流し読みするニュースには、勤め先のある大阪梅田に新しい歩道橋ができるという知らせが踊っていた。

「……はあ。この世界にも、おるんかね。【勇者】様」

満員電車に揺られながら欠伸を噛み殺す。車内アナウンスが梅田駅への到着を知らせ、一斉に人が車外へ押し出される。

貴久は、日々進化し続ける大都会という名の【ダンジョン】へ潜り込むべく、御堂筋線の改札を、今日も抜けた。