当たり前の話だが、使ったグラウンドは元の状態に戻さなければいけない。サッカーゴールは隅へ移動させ、使ったボールや道具は整理して収納し、ゴミが発生したなら拾ってまとめて持ち帰る。
まさに今、山梨県選抜代表チームの面々は、手分けをして片付けをしているところだった。
「よーし! いくぜ三郎丸!」
「おう! 来やがれひでまる!」
……この、元気の有り余っている最年少二人を除いて。
いつもなら、保護者代わりの才蔵と一郎丸が遊んでいる二人を注意しているところだが、生憎二人は今監督に呼ばれてこの場に居ない。
どうにかしなければと思っているらしい二郎丸が控えめに「二人とも、だめだよぉ」と声を掛けているが、全く効果がない。
他の面々はそもそもなにをどうやって注意すればこの二人が言うことを聞いてくれるのか見当すらついていない。火山もそのうちの一人だった。
さて、どうしたものか。道具を片付けながら火山がそちらを気にしていたその時だった。
「ひでまる、三郎丸。遊んでないでちゃっちゃと片すぞー」
火山の傍らにいた人物が、徐に声を発した。ピシャリと叱る声でもなければ、控えめに頼むような声でもなかった。ただのんびりと声を掛けた。そんな雰囲気で、登は二人を呼び止めた。
そんな登の声に、二人は「ええー?」と頬を膨らませた。
「俺まだサッカーしてぇよ!」
「俺もー!」
そしてまた今にも駆け出しそうになっていた二人だったが、登はそんな二人に「それは残念だ」と肩をすくめてみせた。そして、
「片付けをしない奴らの晩飯は、俺が代わりに食ってしまおう」
飽くまでのんびりと発せられたそんな言葉。それに、再びボールを蹴り出そうとしていた二人の足がピタリと止まる。代わりに響き渡ったのは絶叫だ。
「ええーーー!!」とひでまる。
「そりゃないぜーーー!!」と三郎丸。そこに登はさらに追い打ちをかける。
「あーあ、モタモタしてたから、お前たちができる片付け作業はもう無いんじゃないか?」
そうして周囲をぐるりと見回すジェスチャーをすると、二人もそれに倣う。そうして目の前にあったボールにハッと気がつくと、ひでまるはそれを抱える。三郎丸は着ていたビブスを脱ぎ、二人はこちらへ走り寄って来て登へとそれらを差し出す。
「はい!」
「これ!!」
晩飯が掛かっているせいで必死な二人だったが、対する登は平然としていた。二人がそれぞれ差し出したものを見て「はいはい、ちゃんと仕舞おうな」と片付けを促す。
すると、実に俊敏な動きで、ひでまるはボールを、三郎丸はビブスをそれぞれの収納籠へと入れ、さらにその籠をも二人で協力して所定の位置へと片付けたのだった。
「これでいいか!?」
「晩飯ちゃんと食える!?」
必死の形相で迫る二人に、登は満足気に頷いた。
「やればできるじゃないか。次からもやってくれよな。晩飯、食っていいぞ」
その言葉にひでまるは飛び跳ね、三郎丸はホッと脱力した。そして、その様子を恐る恐る見守っていた二郎丸の手を引いて、三人で食堂へと駆けていくのだった。
騒がしい二人がいなくなったことで、グラウンドはまさに嵐が過ぎ去った後のように穏やかになった。火山はやっと目の前で起こった状況を飲み込み、そして登へ声を掛けた。
「……凄いですね、あの二人を手玉に取るなんて」
「おいおい、悪いことをしたみたいに言うなよ」
心から敬服してそう言ったのだが、登は相変わらず落ち着いた様子でそんなふうに言う。そして、ため息混じりでこんなことを言った。
「俺たちは、今年で居なくなるからな。あいつらにもしっかりしてもらわないと」
その言葉の意味を理解するのに、火山は少し時間がかかった。だが意味がわかった途端に目を見開いて登を凝視した。
そうだ、登さんも才蔵さんも一郎丸さんも、来年は進学してしまっているんだ。
つまり、どれだけ彼らが優秀な選手であっても、今年が最後の選抜代表なのだ。
彼らが居なくなった穴を埋めるには、選手としての実力だけでは不十分だ。生活態度や協調性、積極性やリーダシップ、そういった人間性の部分でも、彼らを補えるようにならなければならない。そのことを、今更ながら火山は実感した。
「……登さん」
少し姿勢を正して、火山は登を呼んだ。呼ばれた登はマイペースに「うん?」と返事をする。その目をまっすぐ見つめて、火山は言った。
「もっといろいろ教えてください。サッカーの技術面でもそうですし、人心掌握の術も知りたい」
真面目な声でそんなことを言う火山だったが、しかしそれを聞いて登は思わずと言った風に吹き出した。
「人心掌握って……! 悪いことしたみたいに言うなって言っただろ?」
そのまま声を上げて笑い出す登に、火山は「真面目に言ってるんですよ」と言い募る。そんな二人を西陽が照らした。
西陽に照らされたグラウンドはすっかり元通りになっていた。その様子を見て火山はもう一つ気がついた。ひでまると三郎丸が片付けられなさそうな、サッカーゴールなどの重くて大きいものを真っ先に片付けたのは、やはり登だった。
彼は自分では否定するけれど、遠回しな気遣いで代表メンバーを支えている。場を入念に整えて、小さな体をした二人が自分たちの力だけで片付けられるボールとビブスだけを残しておいたのだ。
才蔵のようなリーダーシップも、一郎丸のような冷静さも、火山には真似できそうにない。
だが、周囲を俯瞰してさり気なく全体を支えていく登を見習えば。
そんなふうに思いながら、未だに笑いが止まらない様子の登を、眩しいものを見るような目で火山は見上げるのだった。
