何がどうしてこんな状況になったのか。
そんなことはどうでも良くなるぐらい、俺達は二人とも真剣だった。
薄い紙が張られただけの、プラスチックの枠。その柄を知らず強く握る。
目の前には巨大な水槽。そこに泳ぐ無数の金魚。
どれを掬えば勝てるのか。俺は脳内で幾通りもシミュレーションする。
「兄ちゃん達、準備はいいかい?」
店主の声に、俺と一郎丸は静かに頷いた。
「それじゃあ、はじめ!」
絶対に負けられない戦いの幕が、切って落とされた。
******
「金魚すくい?」
不思議そうに首を傾げる一郎丸に「知らねえのか?」と俺は、そっちのほうがびっくりだわと思いながら説明をした。
実家が寺なのが関係しているのかはわからねえけど、一郎丸は時々世間の娯楽に疎い。
「つまり、集中力と精神力が試されるというわけか……」
「そこまで大袈裟なもんじゃねえけど、まあ、集中はするよな
上手いやつなんかは、半分ぐらいポイが破れていようが、お構いなしに掬っていくから」
そうして二人で夜店の『金魚すくい』の文字をしばらく眺めていた。そして、
「……やってみるか?」
俺の誘いに、一郎丸は深く頷いた。その瞬間、俺たちの勝負は始まっていたに違いない。それが周囲に伝わったのか、ポイを受け取って金魚と対峙した時には、周囲にちょっとした観客が集っていた。
こんな大勢の前で負けるわけにはいかない。
共に負けず嫌いを自負する俺達は、何としても一匹でも多くの金魚を掬ってみせるという気でいた。
******
……はずだった。
「まさか互いに一匹も掬えないとは……」
夜店を後にした一郎丸が、がっかりしたように言った。
俺も苦笑して「まさかだよな」と同意する。
「千石は、慣れているんじゃなかったのか?」
「慣れるほどなんてやった事ねえよ。祭りでしかやらねえし、祭りのたびにやるわけでもねえし」
首の後ろで手を組んで歩く俺に、一郎丸は相変わらず真面目に「そうか」と頷いた。お前の中の俺は一体どんなやつなんだよ。そうツッコミたい気持ちで一杯だったが、軽い気持ちで発した冗談に軽く返してくれるような器用さが、一郎丸にあるとは思えなかった。
でも、この真面目さが良いんだよな。
選抜代表チームに抜擢され、ポジションが発表された時、正直俺は少なからず不満があった。俺の逆サイドを守る奴が、今年初めて代表に選ばれたような奴だったからだ。
しかも俺たちのポジションは、最も過酷で最も重要とされるウィングバック。そんなところに経験の浅い奴が配置されるなんてと。
だが、今ではそんな不満は一切ない。
蓋を開けてみれば、一郎丸という選手はどこまでも真面目でストイックで、エースを背負うに十分な覚悟と能力を兼ね備えていた。そんな奴の逆サイドを任されている。そのことが俺自身の気概をも高めてくれた。
今では一郎丸以外のやつとウィングバックをやるなんて有り得ない。そんなふうに思うほど、俺は一郎丸を信頼している。
まあ、それを面と向かって言ったことはねえんだけど。
歩きながらそれとなく一郎丸を伺う。あんまり祭りに来たことがないらしい山梨代表のエースは、興味深そうに周囲に視線を巡らせている。
と、その視線が一箇所で止まった。「千石」と、そこから視線を逸らさないまま名前を呼ばれる。
「あれは何だ?」
「どれ?」
指差す先には『スーパーボールすくい』の文字。俺はそれを認めた途端、第二試合が始まったことを感じ取るのだった。
