結局、これは何だったのだろう。薄暗い蔵の中で一郎丸は首を傾げた。
彼が手にしているのは古びた巻物だ。
力強い筆致で書かれているのはサッカーに関する事柄で、この場――万年寺にサッカーを伝えたとされている。万年寺が誇るサッカーの腕試し施設『万年寺三十六房』はこの巻物に則って作られた。
その中の一文を、一郎丸は指でなぞった。そこに書かれている事柄はこうだ。
【サッカーの奥義をきわめし者、この地に降り、この地を救う……
サッカーを志す者すべての迷いを解き、“奇跡”を成し遂げる
その男の名を、『ひでまる』という】
ここに記された『ひでまる』が、今や世界屈指のトッププレイヤーとなった友人と同一人物なのかどうか。一郎丸にはそれがわからなかった。
初めて出会った時、『ひでまる』という名前に興味を引かれたのは事実だ。彼がこの巻物が示す、伝説の『ひでまる』なのかを確かめたくて、万年時三十六房で試した。
しかし、あの時から今日に至るまで、結局答えは出ていない。伝説のひでまると友人のひでまるは、共通することも違っていることも多々あって、結論を出すには決定打に欠ける。
だが、と一郎丸は思う。この巻物に書かれているひでまると、友人のひでまるが同一であろうとなかろうと、自分にとっては大した問題ではないと。
自分の知るひでまるが伝説のその人であってもなくても、彼によって救われたと言う事実は、間違いなく一郎丸の中にある。
心の傷を抱えてサッカーと向き合えなくなっていた一郎丸が、サッカー選手として復帰できたのは間違いなくひでまると出会ったからだ。
一郎丸だけでない。サッカーを通じてひでまると関わりを持った人物はみな、どこかで彼に救われてきた。それだけで十分じゃないかと、今ではそう思うのだ。
そしてその奇跡は、これからも続いていくのだろう。一郎丸はそう確信している。
今や世界のどこにも『ひでまる』という名を知らないものはいない。世界中の夢や希望を背負って、彼はボールを追い続ける。それを重荷に思うこともなく、ただひたすら大好きなサッカーを楽しむ。
その眩い精神に、確かに一郎丸はあの日救われたのだ。
一郎丸は巻物から顔を上げた。そこへ、
「一っ! 遊びに来たぞー!」
蔵の外から元気な声が響いてきた。声の主は、あのひでまるだ。幾つになっても、どんなに有名になっても、ひでまるは友人として一郎丸に会いにくる。その事実を一郎丸は嬉しく思う。
一郎丸は巻物を丁寧に巻いて、それを棚の奥へと仕舞い込むと、蔵を後にした。
久しぶりに会うひでまるは、いつまでも変わらぬ眩しい笑顔を一郎丸に向けてきた。そんなひでまるに一郎丸もまた、笑いかけるのだった。
