「願っていてくれ」
真剣な顔で陣内が言った。
「この線香花火が君のものよりも長く持ったら、俺は次のワールドカップに出場できるって」
真剣な顔で言うにはあまりにも冗談じみた言葉を、俺は笑うことができなかった。互いに花火の穂先を蝋燭へ。火のついた線香花火は、小さな火花を弾けさせた。
日付がちょうど変わったころ、静まり返った海岸で、花火の音と明かりだけが眩しかった。
ワールドカップの最終選考を前に、陣内は大怪我をした。
普通に歩くことも困難なほどの足の怪我。日本代表最有力候補と言われていた男は、たった一度の大怪我でその機会を剥奪された。
陣内は、表面上は明るかった。何よりも好きなサッカーができない状況においても、暗い顔を見せることはなかった。
だが、日本代表が敗退した試合を見て、彼は画面に向かってポツリと言った。「俺が出ていれば」と。
そうしてサッカーの大祭典が終わった直後、彼は俺に言った。「線香花火がしたい」と。
突拍子もないことをして周囲を振り回すのは、陣内の悪癖だ。
一体全体なんで線香花火なのかと俺は首を傾げたものだったが、陣内は気づいた時には高級品の線香花火を購入していて、俺の意思など関係なしに、俺はそれに付き合うことになっていた。何も説明されないままだ。
なんで線香花火なんだ。何度も問うたその疑問に答えが返ってきたのは、花火を消火するためのバケツを用意していたその時になってだった。
「願掛けがしたいんだよ」
顔を合わせることなく陣内がそう言った。
「昔、やってたんだ。全国少年サッカー大会で山梨に負けるまでは、成功率100%だった」
水を張り終わったバケツを足元に置いて、陣内はようやく顔を合わせた。ピッチに立っているときのような、これ以上なく真剣な顔だった。
俺はそんな陣内に何も言えなくなっていた。手渡された線香花火を握り締め、覚悟を決めて火を灯した。
線香花火が弾ける。初めは小さく、次第に大きく激しく火花が散って、終盤にかけては花が萎んでゆくように静かになってゆく。明滅する光に照らされた陣内はどこまでも真剣で、俺たちは無言で花火の行く末を見つめる。
陣内が次のワールドカップに出場できるのか否か。その結果の全てがこの小さな線香花火に掛かっているとは今でも思えなかったが、そんなことを口にできる状況ではなかった。だが、
「……あ」
火花を散らし終わった火球が静かに落下する。それは陣内の持っていた線香花火だった。
「……終わった……」
心の底から落胆したように言って、それからくつくつと陣内が笑い出した。「だめか」と、投げやりな口調で言って天を仰いだ。
そんな陣内を俺は呼んだ。
「まだ俺のが残っている」
陣内は首を傾げた。弱々しくはあるがまだ火球が落ちていない俺の線香花火と、俺の顔を交互に見つめる。俺は口の端を上げた。
「お前のものより俺のものが十秒長く持ったら、お前の怪我は後遺症が残らない」
「!!」
火花に照らされた陣内の顔が驚きに染まる。それを俺が見届けたその時、最後の火球が落ちた。
辺りを暗がりと静寂が支配する。燃え尽きた線香花火をバケツに沈めると、陣内が俺に抱きついてきた。
「登……君ってやつは……!」
耳元で響いた陣内の声は震えていた。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しい。身動きが取れないまま、俺は陣内に囁いた。
「一つ教えてやる。
お前があのとき俺たちに負けたのは、俺たちの願掛けのほうが強力だったからだ。
そういうことにしておけ」
そうして陣内の頭を軽く叩く。陣内は何度も頷いて、「そうだな」と言った。
たった一瞬の線香花火の行方が、人一人の人生を左右するなんて馬鹿げている。
それでも、陣内が前を向いて歩けるのなら、いくらでも詭弁を並べてやる。
それぐらいしか、俺にはできないのだった。
