夏祭り

試合の開始時間はだんだん近づいてくる。入場待ちの選手たちの顔を見て、わたしまで緊張してきてしまった。
もうあと数分で、試合が始まってしまう。心臓が早鐘にように鳴って、何度も深呼吸をした。

「緊張してるか?」

すぐ隣から声がかかった。頷くわたしにその選手は「そっか」と笑いかけてくれた。

ワールドカップ、グループリーグ初戦。いよいよ始まる大事な一戦。
その入場で、日本代表選手をエスコートする大事な役割を、わたしは任された。
憧れのスター選手の隣を歩けることはもちろん嬉しかったけど、ラッキー! ぐらいの簡単な気持ちだった。

でも、いざ選手と会って、こうして試合開始前の時間を一緒に過ごして、わたしには覚悟が足りなかったんだって思い知った。
選手たちは日本中の期待を背負って、プレッシャーを感じている。そんな選手と手を繋いで歩くなんて、わたしに務まるのだろうか。
そう考えたら、足が震えてくる。

落ち着いて、心臓。

ぎゅっと胸を掴んで、もう一度深呼吸をしようと息を吸ったその時、

「大丈夫だ」

再び隣から声がかかった。そちらを見ると、その選手は真っ直ぐに前を見つめていた。それからゆっくりと、わたしの顔を見た。

「何も緊張することねえよ。最高のお祭りなんだ。楽しもうぜ」

そう言って歯を見せて笑った。
わたしはその笑顔から目を離すことができなかった。
本当はわたしより緊張しているかもしれないのに、これから始まる試合に集中したいかもしれないのに、わたしのことを気遣ってくれる優しさが嬉しかった。
だからわたしはつい聞いてしまった。

「ひでまる選手」
「うん?」
「どうしたら、ひでまる選手みたいな、世界的なスターになれるの? わたしもなれる?」

ワールドカップで活躍する選手になりたい。その夢は、まだ誰にも話したことがない。
わたしはサッカーを始めたばかりで、まだまだ下手くそだから、きっとみんなが笑うと思う。
でも、ひでまる選手はいきなりそんなことを言ったわたしを笑わなかった。
しっかりとわたしと目を合わせたひでまる選手は「なれるさ」と言い切った。

「『なりたい自分をイメージして、それに向かって諦めないでやれば、夢は必ず叶う』
……俺が大好きな選手の言葉だよ
俺はその言葉を信じて突き進んで、ここまで辿り着いた。だから、大丈夫」

そう言って、ひでまる選手は大きく頷いた。「絶対になれるよ。応援しているよ」と言ってくれた気がして、わたしも頷いた。
それにひでまる選手がもう一度歯を見せて笑ったその時、

「まもなく入場です」

係の人のアナウンスが聞こえてきて、わたしたちは声を揃えて返事をした。
ひでまる選手がわたしに手を差し出す。

「じゃあ、よろしくな」
「はい。こちらこそ」

差し出された手をしっかりと握る。
まだ少し緊張していたけれど、ひでまる選手のおかげでさっきよりずっと深く息ができるようになっていた。

サッカーのお祭りが、幕を開けた。

なりたい自分をイメージして、それに向かって諦めないでやれば、夢は必ず叶う。

だったらわたしは、今隣にいるひでまる選手みたいに、ワールドカップに選手として出場して、隣で手を繋ぐ子供達に夢と感動を届けたい。
そう強く思いながら、ひでまる選手をエスコートした。