幽霊船

君は剣と魔法の国の冒険者だ。さまざまな依頼をこなす事で日銭を得ている。
今回君が仲間とともにこうして船上にいるのも、依頼を受けてのことだ。

濃霧をぬっと掻き分けて、それは君達の眼前に現れた。
ぼろぼろに擦り切れてもはや原型すらわからない帆や、至る所に穴のあいた船体。なぜそれがこうして海原を進むことができるのか皆目不可解だ。
それの存在を確認したことで今回の君の目的は、一応は達せられた。

一応、というのは、この幽霊船を確認したことで手に入る報酬では、今日の食い扶持にはならないからだ。依頼主は太っ腹なほうではあったが、幽霊船を観測するための手段については何も補助してくれなかった。
君たちが海原へ出るためのこの船にかかる費用は全て、前金として支払われた報酬で消えてしまった。

依頼報酬についてはこうだ。
幽霊船の確認ができた場合は前金のみ。
接近して幽霊船の存在を証明する物証を得られたら追加報酬。
さらに幽霊船の原理を解明し、船を沈めるなどして存在を消すことができれば特別報酬。
君たちが今日の糧を得るためには、最低でも船に乗り込まなければならない。

元よりそのつもりで依頼を受けた君ではあったが、実物の幽霊船を目の当たりにして冷たい汗が背筋を流れるのを感じていた。
港町で情報を集めていた時からその不気味さは際立っていたが、多少甘く考えていたのかもしれない。仲間の誰かが唾を飲んだ音が聞こえるだろう。

思い返せば依頼主も、元より君たちがこの船を鎮めることを期待していないような口ぶりだった。
巨大な廃船を動かしているそれは間違いなく強大な力だろう。そんなものを少しばかり名の知れた程度の冒険者がどうこうできると期待するほうが間違っている。だから観測できただけで成功としようと言われたのだ。
よって、君たちがここで幽霊船に背を向けて帰っても、君たちの冒険者としてに経歴には傷一つつかない。
むしろ自分たちの実力に謙虚なことが賞賛されることだってあるだろう。

だが、そんなものはそもそも冒険者などという不安定な職を好き好んでなどいない。

多少の危険はつきものだ。
それに、帰るにしてもこの霧が晴れないことには帰ることもできない。
何より君自身の冒険者としての矜持が、逃げ帰るなどという恥を許さない。
愚かだと後ろ指を刺されても、死に急いでいると嘲笑われても、君が冒険者である限り、目の前の不気味な幽霊船に乗り込まないという選択肢は無いのだ。

君は恐怖からではなく興奮から全身を震わせた。
そうして仲間達と顔を合わせると、彼らも君と同じく覚悟を決めたようだった。誰からともなく頷きあい、そうして君は船を操る者へと告げた。

「船をつけてください。移乗します」