背叛

嘆かわしい。アンセルムは数歩先を歩く彼の背を見ながらそう思わずにはいられなかった。
背が高いところ、肌が白いところ、幾重にも複雑にカーブを描く長い銀糸の髪。それらは全て彼が正当な血筋の次期当主であることの証左なのに、彼の在り方はまるでおいえに相応しくない。アンセルムはそう思わずにはいられなかった。

「どうしてお家を蔑ろにしたのです」

先ほどのことを飲み込めず、アンセルムは彼の背に向かってそう言った。彼は黙ったまま歩を緩めることなく歩き続ける。
辛抱たまらずアンセルムは彼の名を読んだ。「聞いているのですか、ユーリ」と。すると彼はようやく少し振り返った。
長い睫毛に縁取られた深い青緑の瞳もまた、彼が間違いなく次代の家長であることを思い知らしめる。

「蔑ろになんてしていない」

淡々とした返事に、アンセルムは「蔑ろにしています」と噛みついた。

葬儀屋一家『アンダーテイカー家』は、元々この地で死者の埋葬と弔問を一手に引き受けてきた。
しかし二世紀ほど前、急激に発展した宗教一派の勢いに飲み込まれ、現在は教会の中でひっそりと埋葬の儀を執り行うこと、かつての戦場跡を彷徨う異形の者を討伐する部隊に同行して戦地での遺品の回収をすること、この二点のみを許されている。アンセルムはそれが堪らなく不満だった。

後からやってきておいて、元々この地で暮らしていた俺たちの仕事を奪うなんて、盗人だ。

そしてもう一つ。いや、こちらの方が余程問題だ。深く澄んだ青緑の瞳をアンセルムは睨んだ。

ユリウスは、聖エオス教会の教えに傾倒しつつある。

『アンダーテイカー家』は、エオス教の著しい発展に対抗すべく、この地での生存戦略策として各地から優秀な子供たちを集めた。その結果、家は力を維持することには成功したが、血の力は弱まった。
現在『アンダーテイカー』姓を名乗るものの中に『アンダーテイカー』の純血を継ぐものは、現当主を除けばその実子であるユリウスしか居ない。

そのユリウスが、お家よりも教会を優先した。
これは本当に由々しき事態だと、アンセルムの危機感は募るばかりだ。

「アルム」

アンセルムが立ち止まったので、ユリウスもようやく立ち止まって、離れた距離を詰めるように歩み寄った。その顔を、アンセルムは毅然として真正面から見据えた。
ユリウスは小さく溜息をついた。

「『お家のため』なんだよ」

聞こえてきた言葉に、どこがですか! とアンセルムは叫びたい気分だった。
だが既の所で堪えて、ユリウスの言葉の続きを待った。

「いつまでも、古いやり方が正しいとは思えない。可能性を拡げることが肝要なんだよ
そういう意味で、僕はエオスの教えを学びたい」

そこには確かな意思があった。
一見気弱そうにも見えるユリウスは、実は一度決めたら梃子でも動かないような頑固さがあった。
それを誰よりも良く知っているのが、他でもないアンセルムだった。
こうなってしまうと、もう何を言っても無駄だ。
アンセルムは頷いた。ユリウスはそれを見て、話はこれで終わりだとばかりに背を向ける。

「日曜礼拝、お家の皆んなに参加してもらえるように、アルムからも連絡して」

再び歩き出しながらそんな風に言うユリウスの背を、アンセルムは再び嘆かわしく思いながら見つめる。

どこが『お家のため』だ。何が『可能性を拡げる』だ。礼拝なんてあんなもの、洗脳のための儀式じゃないか。
口には出さず、アンセルムは遠ざかる背中に言葉をぶつけ続けた。
そして強く決心した。この次期当主がこれ以上道を外れないように、自分が目を光らせていなければ。それこそが本当の『お家のため』だ。そう、何度も確かめるように頷く。

「待ってください、ユーリ」

そう言って強く拳を握りながら、側から見れば従順な従者であるように振る舞いながら、アンセルムはユリウスの背を追うのだった。

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