無月

君主が「下がれ」と命じたので、痛む体をなんとか動かして留良人るいとは彼の閨を後にした。
子の刻を過ぎた縁側は真っ暗で、灯りがなくては何も見えない。

日の高いうちから散々無体を働かれた体はあちこち悲鳴をあげており、そろそろと足を動かすのがやっとの有様だった。自分の寝部屋までの距離が途方もなく遠く感じる。
けれどこれは今に始まったことではない。元々この地を治めていた留良人の父があの男に殺され故郷を奪われたその日から、留良人はこうして蹂躙され続けている。
何も最初から甘んじてこの立場を受け入れたわけではない。何度も嫌がって逆らっては徹底的に手込めにされたのだ。その絶望感は留良人から抵抗を奪い、悲観を植え付けるには十分すぎるぐらいだった。

悔しさに唇を噛み締めながら寝部屋を目指していた留良人だったが、母家と離れを繋ぐ渡り廊下の真ん中まで差し掛かった時、その体は限界を迎える。
今宵は月も星もない常闇が広がっている。さらに運の悪いことに灯りも切れてしまい、暗闇の中でただ留良人は蹲った。その様はまるで彼の人生をそのまま写しているかのようだった。

こうしてどこにも行けず、何も為せないまま、俺は屍になるんだろうな。

もはや自嘲の笑みすらも出てこずに留良人は悲嘆した。

だが、彼はここで屍になるわけにはいかなかった。
父を奪われ、故郷を奪われ、純潔をも奪われた留良人だったが、引き換えとして、守ったものがある。留良人が言いなりになることを条件に、彼の弟妹には一切手を出さないと君主は誓ったのだ。
ここでもし自分が使い物にならなくなってしまったら、愛する家族に危害が及ぶ。
その事実は留良人が暗夜を生きるための灯りとなってくれる。

俺は、負けるわけにはいかない。

意識して呼吸し心を落ち着けると、留良人はゆっくりと立ち上がった。
辺りは相変わらず闇が支配していたが、少しずつ目が慣れてきた。これなら迷うことなく寝部屋まで行ける。

そうだ、たとえ月夜でなくとも歩いて行ける。

悔しさに歪んだ唇を解き、確かな一歩を踏み出しながら、心までは黒く塗りつぶされまいと彼は己を鼓舞した。
どれだけの辱めを受けようとも、どんな憂き目を見ようとも、この心だけは奪われまいと。