人も季節も建物も、流れに流されるものなんだな。
寂れた無人の教会を見上げながら、アッシュはただそう思った。
この辺り一帯に城砦みたいな大きくて堅牢な建物があって、この小っぽけな教会はそのほんの一部で、毎日たくさんの人がお祈りしに来ていたなんて、誰も信じられないんだろうな。
数百年前の賑わいを思い返しながら辺りに首を巡らせた。その頃の記憶を持つアッシュでさえ信じられない心地なのだから、何も知らない人の子は想像すらできないのだろう。
あの巨大な宗教建造物群がどうして無くなってしまったのかはアッシュも知らない。
人の流れが減り始める兆候に、早々と住居を移したからだ。立地上この土地は昔から戦争に巻き込まれやすく、そのせいだろうかと思いを馳せた。
戦火に見舞われるたびにこの地は様々な国のものになった。
街も言語も思想もその度に変わっていった。
そうして大きな奔流に人々は流された。
大きな流れに逆らえなかったのは人々だけではない。
国境を護る砦として生まれ、所有主が変わるたびに増改築を繰り返し、国教の中心地として繁栄を極めたこの場所だって、こうして静かに朽ちている。
一つ残った教会でさえ、近いうちには解体される。始まりがあれば終わりがある。
そしてそれは、アッシュにもやってきた。
短い生を刹那的に駆け抜ける人々が羨ましかった。
アッシュはずっと彼らを遠くに眺めてきた。何をも巻き込む大きな流れに乗れないでいると思っていた。
しかしどうやら、流されないでいると思っていたのはアッシュの思い込みで、非常にゆっくりとではあるが、アッシュも流されていたようだ。
その証拠に、こうして思い出に耽ることが多くなってきた。
やっと死ねるのか。という思いと、もうすぐ死んでしまうのか。という思いが半分ずつある。
いざ死ぬとなるとどうして良いのかわからないのは、どれだけ長生きしようとも同じなのかもしれない。
死を経験したものはこの世には存在しないので、経験談を聞くこともできない。
だからここへ来たのかな。
もう一度真っ直ぐに教会を見上げながら、そうに違いないとアッシュは思った。
死にゆく生に道連れが欲しかった。共に過ごした時間は決して多くはないけれど、この教会にはどことなく親近感を覚える。神を信奉したことのないアッシュには教会に来る理由なんてそれだけで十分だった。
せっかくだし、お祈りでもして行こうかな。
別に天国になんて行きたくないし、行けるとも思わないし、そもそも存在するとも思えないアッシュだったが、死にゆく自分と死にゆく教会を思って手を合わせるぐらいは神様も許してくれるはずだ。
両開きの扉を、アッシュは両手でそっと開けた。
物悲しく軋んだ扉の音と割れたステンドグラスが乱反射して煌めく様子は、久しぶりの来訪者を心から歓迎しているようだった。
