盤面遊戯って、そいつの性格が良く出るよな。
几帳面に守りを固める奴、
果敢に攻めかかる奴、
慎重に相手の出方を窺う奴、
罠を仕掛けて相手を嵌める奴、
その他いろいろ。
やりたがる戦略でそいつの為人ひととなりが見えるっていうか、本性が透けるって言うか。
ああそう、本性が見えるって言えばもう一つ。
俺はつくづく、酒癖ってやつには本質が現れると思っていてさ。
陽気になる奴、
説教する奴、
泣き出す奴、
何故か脱ぎたがる奴、
その他諸々。
あれって、普段自制してるのが効かなくなって、本能が丸裸になるんだってな。
じゃあその二つが融合したら、人間、どうなっちまうかって? そいつが今回の話。
コトン、と静かにグラスが置かれる音で、俺は思考の海から顔を出す。
グラスからゆっくりと指が離れていくのを追いかけて、その繊細な顔を見つめる。
常なら眉間に寄った皺は、すっかり鳴りを潜めている。
赤い瞳は涙の幕を大分に湛えてゆらゆらと光を放ち、象牙の色をした肌はすっかり朱が滲んで、赤い唇からは上気した吐息が漏れ出している。
誰がどう見てもわかるぐらいに酔っている。これは俺のかわいい恋人。
俺と愛しい人の間、テーブルの上にはチェス盤。更にボトルと、各々の手近にはお気に入りのグラス。
──ワインチェス。相手の駒を取るたび、杯を重ねる遊戯。
たまたま良い酒が手に入ったもんで、酒場で聞いたこの娯楽に興じてみたいと思った。
恋人は、最初は怪訝な顔をしていたが、勝者は一つ敗者に願いを聞いてもらえるというルールを持ち出すと乗ってきた。
最初は小競り合いから始まった。だが、俺がほんの少し隙を見せると、面白いぐらいに恋人は食いついてきた。負けず嫌いで素直で猪突猛進。そんな性格が見事に体現された攻め筋だった。
そして現在。盤上の駒は明らかに数が違う。俺の持ち駒は恋人の持ち駒の丁度半分しかない。
つまりそれは、恋人が俺の倍、酒を飲んだと言うことだ。
俺は盤面に視線を落とし、次の一手を考える素振りで愛しい人を盗み見る。
素直で負けず嫌いで時々向こう見ずなところが好きだ。そんな性質を繊細でクールな顔で隠したつもりになっているところがもっと好きだ。
だから、理性が崩れて本性が剥き出しになるところをもっと見たいと思った。
そうして俺の目論見は見事に成功した。チェスで浮き出た性格も、ワインで暴かれた本性も、たまらなく愛おしい。
酒精に溺れた恋人は、少しずつ隙を見逃している。普段の慎重さなら絶対に気づいているはずだ。そんなところで、いつもはよほど気を張っているんだなと改めて気づく。
もっと楽に生きて良いのに。
けれど、もしもっと余裕を持って生きていたら、この愛おしい生き物は俺みたいなのには堕ちなかっただろうとも思う。そう思ったら口元が笑み崩れるのを止められなかった。
そんな俺を訝しむかのように、恋人は力の入らないなりに額に皺を寄せた。言葉を紡ぐ力はもう残っていないらしい。そんな状態ではチェスを続けるのも辛いだろうな。
じゃあ、終わりにしよう。
駒を動かした俺の手を見て、恋人は小さく声を上げた。黒のキングを白のナイトで追い詰める。
「チェックメイト。俺の勝ちだ」
盤面を見る恋人は、回らない頭でようやく気づいたらしい。自分が陽動に引っかかっていたこと。攻めるあまり守りを疎かにしていたこと。王を守る駒が一つもなかったこと。
「チェスは相手の駒を多く取ったほうが勝つってルールじゃないぞ」
ダメ押しのように言ってやると、そうだったと言う代わりに溜息を零した。その間に、テーブルを回り込む。「さてと」勿体ぶった口調で言葉を切ると、俺はその作り物めいた顎をゆっくり片手で掴んで目線を奪ってこう言った。
「勝利の美酒に、付き合ってもらおうか」
