木陰で一休みしていた二郎丸の背中に、トン、と誰かの体重が掛かった。振り返ると、ぶすっと頬を膨らませた三郎丸が背中合わせに座っていた。
「どうしたの?」
なるべく弟を刺激しないように、二郎丸は優しく聞いた。三郎丸はそっけなく「別に」と言った。
その様子に二郎丸は、ああ、これはもしかして、と一つの可能性に行き当たる。
「ひでまるくんと、喧嘩でもした?」
行き当たった可能性を言葉にすると、どうやら大当たりだったらしい。三郎丸はこの上なくぶすっとした様子で低く言った。
「あいつが悪いんだ」
全身で不機嫌を表現する三郎丸に、二郎丸は困ったように笑った。
三郎丸とひでまるが喧嘩をするのは、別に珍しいことではない。小さな体の割に人一倍気が強い二人は、ちょっとしたことですぐにぶつかり合う。
大抵は、大声で言い争っているうちに双方の意見の落とし所を見つけて収まるのだが、たまにどちらともが譲れない時がある。
そんな時、三郎丸は一旦冷静になるためにひでまるから離れて二郎丸の元へやってくる。
日差しの元で熱った体を木陰で休めるように、穏やかで優しい二郎丸の元で、静かに心を落ち着けてよく考えるのだ。
二郎丸は、三郎丸に内緒でこっそりと微笑んだ。
三郎丸は本気と本気で喧嘩をしたことが今までなかった。兄弟喧嘩をしたとしても、二郎丸や一郎丸はどこかで末っ子の三郎丸に加減をしていた。
だから、三郎丸が同じぐらいの力量でぶつかり合える友達が出来たことが、二郎丸はとても嬉しかった。
それに。とも二郎丸は思う。
自分が絶対に正しいんだ! と頑なになるだけでは解決できないことがあり、一旦冷静になってよく考えなければいけないと気づいたらしいことも、とても大きい。
これは間違いなく、上の兄弟たちと過ごしているだけでは身に付かなかった術だ。
ひでまるくんと出会ってから、急に大人になった気がするなあ。
弟の特徴的な旋毛を見ながら、心から二郎丸はそう思った。
一方、当の三郎丸はと言うと、相変わらず二郎丸と背中合わせで、腕を組んで胡座をかいて首を捻っている。その姿からはいつのまにか不機嫌な様子が消えていた。
そろそろかな? 二郎丸は言うべきタイミングを見計らっていた言葉を口にした。
「仲直りしたほうがいいよぉ」
その言葉に三郎丸が返事をしようとしたその時だった。「三郎丸!」と、元気な声が響いてきた。
声のした方向を二人で見ると、そこに立っていたのは、
「ひでまる……!」
二郎丸の背中に掛かっていた重みがなくなる。三郎丸が勢いよく立ち上がったからだ。
「やあ、ひでまるくん」
それについてなんとも思っていないふうに、二郎丸はひでまるへ手を振った。
ひでまるは手を振り返し、それからすぐに三郎丸へ向き直って、何かを言いかける。それを三郎丸は遮った。
「悪かった!」
一言謝って、頭を下げる。心から申し訳ないと思っていることが伝わってくる言葉と行動に、ひでまるが驚いたように目を見開いた。
顔を上げた三郎丸はさらに謝罪の言葉を重ねる。
「言いすぎた。自分の言ったこととお前の言ったことをもう一回考えてみて、お前の言うこともわかるなって思った!」
すると、驚きに染まっていたひでまるの顔が徐々に緩んでいった。
「なんだよ、俺が先に謝ろうと思ったのに!
まあいいや。俺も悪かったよ、仲直りしてくれ」
差し出された小さな手を、同じくらいの小さな手がしっかりと握った。「ああ!」と三郎丸も笑顔になる。これで晴れて仲直りだ。
成り行きを見守っていた二郎丸は、ほっと息を吐き出した。
「じゃあさ、続きやろうぜ!」
言うや否や駆け出していくひでまるに、三郎丸は「あっおい! 待て!」と言って続こうとした。
しかし、数歩駆け出したところで思い出したように足を止め、そのままUターンして二郎丸の元へと帰ってきた。
忘れ物かな? 首を傾げる二郎丸を、三郎丸は真っ直ぐ見上げてきた。
「二郎兄、ありがと」
律儀な弟に、二郎丸は目を細めた。
「どういたしまして。ほら、行っておいで」
そうして小さな背中を送り出すと、今度こそ三郎丸は全速力でひでまるを追いかけていった。
そんな三郎丸を見ながら、二郎丸はついさっきまで自分の背中に掛かっていた重みと体温を思い返す。
いつかは、ぼくが居なくても、一人で反省して一人で生きていけるようになるんだろうな。
もしかしたら、その日はもうすぐそこまで来ているのかもしれない。
それは少し寂しいような、喜ばしいような、複雑な気持ちだった。
