「夢を見たんだ」
隣の座席に座った才蔵が突然そんなことを言った。
俺が「夢?」と返すと、才蔵は「ああ」と頷いた。
「薄暗い洞窟の中にサッカーコートがあるんだ。そこで、お前と一対一で勝負をする夢だよ」
夢で見た光景を一つ一つ辿るように才蔵は言葉を紡いだ。
時刻は早朝、部活動の朝練へ向かうための電車の中は、差し込む日差しと暖房で暖かかった。
才蔵は、夢の中で踏み締めた地面の感触や、洞窟に満ちていた冷たい空気までもをはっきりと覚えていた。
「妙に具体的だよな」
同意を求める彼に、俺は「そうだな」と頷いた。
「でも、これが初めてじゃないんだよ」
彼がそう言った時、電車はトンネルの中へ入ったところだった。日差しが途切れ、束の間、騒音が響いて会話を中断せざるを得なくなる。
暗がりの中、向かい側のガラス窓に自分の顔が映る……驚いた顔をしている。そう思った途端、電車はトンネルを抜けた。
「随分前にもあったんだ。それも二回も」
再び日差しが差し込み、才蔵が続きを話す。
曰く、それは小学生の頃で、ひでまると出会う直前と、頬に大怪我をする直前だったらしい。
「何かの予知夢なのかな?」
軽く笑いながら才蔵は首を傾げた。俺は「どうだろうな」と曖昧に返事をした。
電車が学校の最寄駅へと到着する。改札を抜けて、次に才蔵が口を開いた時には、全く別の話題になっていた。
それからいつものように朝練を終え、俺たちはそれぞれの教室へと向かう。
その別れ際、俺は才蔵に声を掛けた。
「気をつけるんだぞ」
才蔵は首を傾げつつ、「ああ!」と返事をして自分の教室へと消えていった。
その姿が見えなくなっても、俺はその場を動くことができなかった。
万年寺三十六房・最終関門『心の間』
自らが思い描く最大の敵が幻影として現れるその場所に、これまでに才蔵の幻は二人出現した。
ひでまるが思い描いていた、選抜テスト直前の才蔵と、俺が思い描いていた、あの日大怪我をさせてしまった才蔵だ。
心の間の存在について、そしてそこで俺たちが思い浮かべた幻影が才蔵だったことについて、才蔵本人に話したことは一度も無い。
話す機会も持てなかったし、話したところで何になると思っていたからだ。
才蔵が見た夢の光景は、間違いなくあの心の間だ。
小学生に時に見た夢は、きっとあの日ひでまると俺が彼の幻影を喚び出した影響だ。
では、今朝の夢は?
心の間が崩落して五年。
あの日以来立ち入り禁止となった洞窟には誰も近付いていない。
近づく理由が何もなかったからだ。
過去のしがらみから解き放たれた自分達は、わざわざ過去を顧みる必要がない。
だが、それは勘違いなのか?
才蔵の夢は、そこに警鐘を鳴らしているのか?
答えが出ない問いを永遠と考えてしまいそうになっていたその時、耳にチャイムの音が響く。
始業の合図に思考を中断された俺は、それ以上考えることをやめて教室へと入った。
その夜、幽暗の洞窟にあるサッカーコートで、幼い才蔵と対峙する夢を見た。
