情けねえ。自分で自分を殴りたい気持ちが溢れかえりながら、実のところは指一本動かすことも難しかった。
仰向けに横たわってるのに何も見えない。目が塞がっているせいだ。それなのに眩しいと感じるのは、それだけ日差しが強いことの証左で、こんな状況で動き回ってりゃ熱中症の一つ二つぐらい仕方ねえよと言ったのは誰だったか。
それにしたってゴールキーパーの俺はフィールドプレイヤーに比べて運動量は少ないはずで、いずれしろ俺が情けねえことには変わりない。
そう、熱中症だ。原因は、そもそも体調不良気味だったところに炎天下で激しい運動をしたせいだ。
朝起きた時から気分が優れなかったのを、気のせいだと片付けて練習に参加した。
気分は回復することはなく下がる一方で、練習試合の前半が終了してコートから引き上げようとしたその時、急に足が動かなくなり、そのままその場に崩れ落ちたと言うわけだ。
全身に冷たいタオルや氷嚢を当てられ、俺は合宿所の医務室に転がっていた。
室内にもかかわらず日差しは眩しいし、熱で体がやられたせいなのか酷く暑い。
それでも俺は、一刻も早く練習試合に戻らなければと思っていた。
俺が居なきゃいけない、俺が行かなくちゃならない。焦りばかりが募っていくのを感じていた。
と、その時、ドアが開く微かな音がした。
誰かが近づいてくる。そしてその足音は、俺が転がっているベッドの横で立ち止まった。
次の瞬間、目元にかかっていたタオルが退けられて、そいつとまともに目が合った。
「登……」
「よう。気分はどうだ? ……って、聞くまでもないか」
登は少し笑って、それから代わりのタオルを俺の額へと乗せた。新しいものと古いものとの温度差に、俺の体はそんなに熱っているのかとまざまざと思い知らされる。
「監督からの伝言だ。『気分が回復したら今日はもう部屋に帰れ』」
「なっ……!?」
登の淡々とした言葉に、俺は文字通り飛び上がった。そのまま医務室を飛び出したいぐらいだった。が、横たえていた上半身を無理やりに起こした反動で目が回り、それは叶わなかった。
呻きながらもう一度体を横たえる俺を登は「何やってんだよ」と呆れた目で見たあと、ずれてしまったタオルを元の位置へと戻してくれた。
「だって、試合……!」
気分が優れない中必死で言う俺に、登は相変わらず平然として、「ああ。試合ね」と他人事のように言う。
「代わりのキーパーがいるから大丈夫だろ」
そんな登に俺は腹が立ってきた。
「そんなことないだろ……!」
呻きながら文句を言うと、登は「才蔵」と俺の名前を呼んで、俺の顔を覗き込んできた。
「何を焦っているんだ? 何が不満なんだ?」
思いのほか真剣なその顔に、言葉が詰まる。
言いたいことはたくさんあるのに、熱のせいもあってか頭がうまく回らないのを感じながら、俺は「だって」と言った。
「だって……俺は背番号一番だ。山梨代表の正ゴールキーパーなんだ」
熱にやられた頭では、それだけを言うのが精一杯だった。
今年初めて任された大役。
背番号一番に相応しいゴールキーパーにならなくてはいけない。
どんな時も、どんなシュートも防ぎ切らなければいけない。
熱中症なんかでぶっ倒れている場合じゃない。
だから俺は早く練習試合に戻らなければいけない。そう思っているのに、
「だから?」
登は全くわかってくれない。俺が必死に言った言葉を、登は軽くいなしたのだった。
そのことに腹を立てた俺がもう一度同じことを言おうとすると、登はもう一度「才蔵」と俺を呼んでそれを遮った。
「才蔵、背番号一番は、チームで一番えらいのか?」
登が静かに問いかけてくる。どう言う意味があっての問いなのかは分からなかったが、俺は首を横に振った。登が言葉を続ける。
「そうだよ。別に才蔵は偉くない。特別でもない。才蔵だけじゃなくて、みんなそうだよ」
登はそこで一度言葉を切って、それからこう言った。
「才蔵がやろうとしていることは独善だよ。俺が居なきゃ、俺がやらなきゃって全部背負うのは、自己犠牲なんて美しいものじゃない
もっと周囲を頼りなよ。チームメイトがいるんだからさ」
その言葉に俺は、頭が殴られたような衝撃を受けた。
俺は背番号一番に相応しいゴールキーパーになろうとするあまり、サッカーで一番大事なことを疎かにしていたんだ。
そのことに気づかせてくれた登の言葉は、どんな氷嚢よりも、俺の頭を冷やしてくれた。
「……ごめん、登」
ようやく冷静になった頭で謝罪すると、登はため息をついて笑った。
「どういたしまして。まあ、そう言うことだから、今日はゆっくり休め。明日からまた頑張ればいいんだからさ」
そうして、この話は終わりだと言わんばかりに、登はテキパキと俺の全身のタオルや氷嚢を新しいものと取り替えて、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「『そう言うことだから、俺を頼れ』……とは、言わないんだな」
残された部屋の中で登の言葉を思い返して、俺は笑った。
「俺を頼れ」とは言われてないけれども、明日からは存分に頼らせてもらおう。そう思って、目を閉じた。
