日付が変わると同時に始まった試合は、夜明け前に決着した。延長、PKへともつれ込んだ挙句に勝利を逃した。
テレビ画面の向こうで項垂れたり天を仰いだり、あるいは蹲って涙を流す選手たちと同じように、俺もまた悲しみに暮れた。
「残念だったな」
俺の様子を見て隣に座っていたバスクが声をかけてくる。口を動かすと嘆声しか出てこない気がして、俺は両手で口を覆って首肯した。
ワールドカップ決勝トーナメント第一試合。日本はベスト八への切符を逃してしまった。
「日本と試合をするの、楽しみだったんだがな」
俺だって楽しみだったさ。バスクの言葉に頷くしかできなかった。これに勝てばブラジルとベスト四をかけた試合ができるはずだったのに、本当に残念で仕方なかった。
今大会の日本のコンディションは抜群に良く、優勝するのではないかとまで囁かれていて、だから俺は必ず日本がベスト八まで勝ち上がってきてくれるものだと信じていた。
それだけに、今回の敗北は痛かった。
テレビ画面は監督の会見を映していた。インタビュアーは、敗因はなんだったのかと責め立てる。その様子が見ていられなくて顔を伏せた。
勝てば称賛され、負ければ槍玉に挙げられる。メディアも国民も身勝手だ。
「才蔵」
顔を伏せていた俺をバスクが呼んだ。胡乱な視線を向けると、バスクはこう言った。
「四年後がある」
それは力強い言葉だった。気持ちを切り替えろと言外に滲ませて、バスクは俺の顔を覗き込んだ。が、
「ブラジルと一緒にするなよ」
俺は顔を背けて吐き捨てた。素直にその言葉を受け取れなかった。毎回優勝候補筆頭として名前が上がる世界ランキング一位の国は、一度負けても次があるかもしれない。
けれど日本はそう簡単には行かない。ワールドカップへ出場するだけでも精一杯なのだ。四年後が確実にあるとは限らない。
本当は俺だって信じたい。
日本のサッカーは強い、今日がだめでも明日は必ず強くなっている、だから未来を信じて歩み続けよう、なんて言ってみたい。
けれど、ついこの間の大会まで日本代表のキャプテンを務めていた俺は多分誰よりも日本のサッカーの現状を知っている。そう簡単に四年後を楽観視できないほど知り尽くしている。
今大会の日本は間違いなく近年で一番コンディションが良かった。優勝するなら今回しかなかったのだ。
なのにベスト八にも残れなかった。これを嘆くなと言うほうが無理だろう。そんな風に思っていると、
「才蔵」
再度バスクが名前を呼んできた。
「お前が思うより、日本サッカーの未来は明るい。
冬を超えて徐々に日が長くなるように、お前が現役だった頃よりも夜は短くなっている」
そう言って、バスクは何を思ったのか、立ち上がってカーテンを開けた。東向きの窓から差し込んでくる外の光は思いの外明るかった。
窓の外を眺めるバスクに釣られて俺もそちらを見る。テレビの音を遮るように、鳥の鳴き声が聞こえてきた。そして
「見ろ、夜明けだ」
バスクの言葉と同時に、太陽が顔を出した。
夏の日差しの眩さに目を細める俺を、バスクが笑って見つめてくる。悲観するな、未来を信じろと言われた気がした。
監督の会見は纏めに入ろうかというところだった。
そちらへ視線を向けると、最後に何かメッセージをと言われた彼は真っ直ぐこちらを見て「四年後を期待していてください」と言い切った。
その姿が夜明けもかくやというほどに眩しく映る。
俺が思うより、未来は明るいのか。
自信に満ち溢れた監督の顔付きを見てそれを知った俺は、ようやくバスクが言った言葉を受け取った。
「バスク」
名前を呼ぶと、バスクは唇に笑みを浮かべたまま小首を傾げた。その少し生意気な顔に向かって俺は言う。
「首を洗って待ってろよ。四年後、勝つのは俺たちだ」
宣戦布告をする俺にバスクはますます笑みを深くする。
「望むところだ」
窓から差し込む光は明るさを増して、もうどこにも夜の気配は残っていなかった。
