飛行機の揺れを感じながら本を読んでいた時、右肩に何かが乗った。そちらを見るとすやすやと寝息を立てるバスクの顔があった。
サンパウロまで二十八時間。疲れが出たのだろう、俺は彼をそっとしておくことにした。
バスクの手の中には、サッカーボールが一つあった。それは羽田空港から飛行機に搭乗する直前にひでまるが寄越したものだった。
バスクはそれを受け取ってから、ずっと大事に抱え続けていた。サッカーボールにはバスクに宛てたメッセージが日本語で書かれている。
『ワールドカプッであおうぜ』
慌てて書いたらしく、促音の位置が間違っている。
それでも、力強い筆致で書かれたメッセージは間違いなくバスクの心に響いた。
彼は飛行機に乗ってから何度もそのメッセージを読み返し、日本での日々を思い返していたようだった。
初めて試合をした時のひでまるたちは、洒落にならないほど弱かった。
俺たち一軍の選手がフルメンバーで対峙していたら試合にならなかっただろう。赤子の手をひねるより簡単で退屈な試合を終えて、バスクは奴らに言った。
『本気の俺たちと試合したけりゃ、全国大会で優勝して、日本代表になるんだな!』
そこに奴らに対する期待など微塵にもなかった。
どうせ無理だから本気の俺たちと試合することは諦めろ。
言葉に込められていたのはそういった意味だったし、俺もそう思っていた。
だが、奴らは本当に日本一になりやがった。
そしてつい数時間前、本気の俺たちと接戦を繰り広げた。
信じられなかった。これがあの山梨代表チームか? 個々のレベルが上がっただけでなく、連携の質も格段に進化していた。
ゴールマウスからピッチ全体を眺めて、何度も自分の目を疑った。
結局決着はつかなかったが、もしこれが正規の試合だったらと考えると恐ろしく、そしてとても興奮した。
あの試合の続きを、ワールドカップでできたなら。
バスクの腕の中にあるサッカーボールのメッセージを見ながら、俺はそう思い始める。
ひでまるは間違いなくそのつもりでこのメッセージを寄越したのだし、確実にワールドカップにやってくるだろう。それを迎え打つために努力をしないといけないのは俺たちのほうだ。
最高の舞台で最高の試合をするために、気を抜いていられない。
けれど。と、バスクの寝顔へもう一度視線を向けて、俺は笑った。
束の間こんなふうに休むことぐらいは、きっと俺たちにも許されるはずだと。
過酷な日々を勝ち抜くために、休めるときには休むべきだ。
開いていた本を閉じて手荷物の中へと仕舞う。
サンパウロまで残り二十数時間。俺は目を閉じ、瞼の裏に未来の俺たちを描きながら眠りに落ちた。
